⦅共鳴チョコレート⦆

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「ミス(セブン)」 「うううう……」  二月十三日、十二時五十九分。深夜のとある廃れた雑居ビルの一室で、二人の少女が腰掛けていた。  正確に言うと一人は悠々と椅子に腰かけて無表情で黒髪を艶めかせており、ミス7と呼ばれた方は髪を振り乱して机に突っ伏していた。腕の隙間からもれてくるのは、地獄の底から絞り出されるようなうめき声。  この真夜中に、中学生ほどの少女が二人だけで廃ビルにいるのは、何も二人とも非行少女とかいうのではない。この年齢にして二人にはスパイ会社のエージェントという肩書があり、人の居ない雑居ビルが臨時の仕事場として貸し出されているからだ。  臨時にしてはまだ使用後数時間とは思えないほど散らかった部屋の中、床には大量の書類と何に使うのか一見しただけでは分からない器具が乱雑に置かれ、それに混じってミス7が脱ぎ散らした私服と空になったポテチの袋がところどころ顔を見せている。今ミス7が突っ伏している机も、本と書類とスマホと漫画が積み上がって目が当てられない。  悠々と椅子に座ったほうの少女は、冷静な目でちらりと腕時計を見た。カチッという音とともに秒針と長針がぴったり合わさる。  二月十四日。 「ミス7」 「ああああやめて何も言わないでお願いお願いお願いお願いお願い」 「ハッピーバレンタイン」 「全っっっっ然ハッピーじゃないわよ!!」  無情な言葉に、がばっと跳ね起きるミス7。感情によって色が変わるという大変便利な彼女の瞳は、現在悲しさを表す灰色だ。本来綺麗に艶めいているのに今はぼさぼさな前髪の奥で、薄い色をした目が潤んでいる。 「ミス(シックス)! あなたはいいわよね! チョコたくさんもらえるから! 私はどうなの!? この可哀そうな捨てられた子犬ちゃんを見て! 皆に見捨てられて誰からもバレンタインをお祝いしてもらえないの!」 「色々訂正があるけど、とりあえず一番に思うのはミス7って捨てられた子犬というよりステイロリータ恋無(すてろりたこいむ)よね」 「なに、すてろりたこいむって」  もちろん「中学生にもなってロリータの体型を保持(ステイ)してるせいで恋が無いってことよ」とは言わず、ミス6はにっこり微笑んで無言を貫く。 「とりあえず、二月十四日ね」 「ミス6、もう一回それ言ったら首閉めるわよ」 「何語? 絞めるんじゃなくて閉めるの?」  漢字を間違って変換しているミス7に、ミス6がため息をつく。ぐっとこぶしを握りしめて意気込むミス7。 「そう閉める。ミス6の道を閉めて、チョコレートを貰っても喉通らないようにしてやるわ」 「道でしょ。なんで国が私の体内に道を造るのよ。どうやって工事するのよ」 「ミス6は夢がないわね! この世に不可能なんてないんだから! できるかできないかじゃない、やるのよ!」 「うん、どうやって?」 「工事現場の人をプレスしてちっちゃくする」 「誰か時間を戻す方法知らないかな」  信じられないかもしれないがもう一度言おう、この二人は裏社会に名を馳せる凄腕スパイである。ちなみに簡単な覚え方として、美少女なのがミス6で可愛いが彼女には劣るのがミス7だ。……涙が出てくる。
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