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「でもバレンタインなんて、私達女子は貰う側じゃなくてあげる側でしょ。ミス7、誰か気になってるクラスメートとかいないの?」
「えー、私に釣り合うイケメンハイスぺ超スパダリなんかなかなかいないわよ~」
ひらひらと手を振り、ミス7はふと頬杖をついて目を細めた。どこからどう見てもジト目だが、本人は物憂げな瞳で窓の外を見つめる美少女のつもりである。
なお、窓の近くに頬杖をつける環境はないので、ミス7は机を使う代償として視線の先が窓の外ではなく机と接する壁になってしまうのだが、そのあたりは想像力で補っている。
ミス6はその背後____二人の机は天井から見ると左右反転したかぎかっこのように並んでいるので、正確には右斜め背後____で、冷めた目で彼女を見捨てて、電源をつけたパソコンと青い瞳で向き合った。
チラッと振り向いてそれを見たミス7は、大声で言う。
「あー、突然イケメンが川から流れてこないかなぁ~」
この話し方も、授業をサボりたいだるだる女子中学生にしか聞こえないが、本人は語尾を伸ばすことで「ロマンチックな出会いを夢見る乙女が、歌うように願いごとを口にする」という演出をしている。
ミス6は相棒のズレた演技にはツッコミすらせずに無反応無表情を決め込み、画面が明るくなったパソコンをさっそくかちゃこちゃと操作しながら冷静な声で反応する。
「イケメンに川から流れてきてほしかったら、まずは川まで歩いて行って洗濯するだけの体力と女子力とやる気をつけなさい」
「それでさ〜、なんて美味しそうなイケメンなんだ! 食べよう! と思って家に持ち帰って包丁で切ったら、中から私に一目惚れしてくれる、白馬を乗せた王子様が出てくるの」
「あなたに一目惚れする王子様がもし存在したら、私この先一生の食事を全部レーズンにしてもいいわ」
「私が拾ったイケメンは一流財閥のお雑煮(訳:御曹司)で、実はこれまで何度も川を流れては可愛い子に拾われて愛人にしてたの。で、隠し子を自分の体の中に匿ってたのよ。だから私は、その体から出てきた隠し子王子様の親は私なんです! って嘘ついて、故イケメンの実家にかけこんで正妻の座を奪う! で、金銀財宝と顔面国宝の執事に囲まれながら、私に一目惚れした王子様とめでたく結婚して幸せに暮らす。どうこの計画! 完璧じゃない!? 全国女子誰もが一度は妄想したシチュエーションでしょ!」
いつの間にか瞳の色を楽しい時の、月光で染めたようなほんのりと輝く黄色に変えて、キラキラの笑顔で語ったミス7。体を右回転させて、斜め背後の長机でパソコンやパソコンと連動した機械と向き合うミス6にドヤ顔と人差し指を突き付ける。
すると、ついさっき始まった嵐のような速度のブラインドタッチを止めないまま、ちらっと横目に見られてはあっと深いため息をつかれた。
「別にそんな叶わない夢見なくても、私は今のところ婚約予定者5人いるし…」
「……は?」
「え?」
人間の動きを完全に停止するボタンがあったら、今のミス7は間違いなくそれを押されているだろう。
おそるおそる挙手するミス7。
「ごめんなさいミス6、私間違えて自分の聴覚をゴミに出しちゃったみたい。ちょっともう一回言ってもらっていい?」
「別にそんな叶わない夢見なくても、私は今のところ婚約予定者5人いるし…」
「叶わない夢」
「夢というか、妄想に聞こえたけど」
「叶わない」
「そうね、絶対に100%無理よ。天地がひっくり返っても太陽が東から昇ってもあなたがテストで赤点をとらなくても無理」
「婚約予定者5人」
「学校ではわりと有名な話だと思うけど……」
「婚約予定者」
「まだ完全に婚約者にはなってないけど、将来的に婚約者になる予定らしいわ」
「5人」
「もしかしたらもっといるのかもしれないけど、名前と顔を把握してるのは5人だけね」
「確認するわね? 私のぱーふぇくとぷらんは叶わない夢で、あなたには今婚約予定者が少なくとも5人いるの?」
「そうなるけど」
「滅べえええええええ!!!!」
ミス7の絶叫が、夜のにぎやかな涼しい空気を切り裂いて轟き渡った。
ビル内に人がいないのは幸いだが、幸い中の不幸なことにこの廃雑居ビルは大都会の中に立地しており、ご近所には高速道路と高層ビルと高級マンション。このとき、不運にもビルの半径1キロ以内にいてしまった人たちは、1%が警察に通報し、99%がSNSにて『誰もいないビルの中、夜な夜な怨念の叫びをあげる怪』という噂を発信した。この日、「#怨念の叫び」はトレンド入りした。
「イチャイチャしてて尊いのは二次元の推しカプだけよ! 滅べリア充! 滅べ名前がミで始まる人! 間にスとシックが入ってて最後の文字がスの人! 滅べスパイ会社の6番目!」
「名前がミで始まるのってあなたもそうじゃないの? 遠回しな自殺願望?」
「私の名前は美しいミで始まるから対象外よ! 響きの汚い、腹黒発音のミで始まるミス6みたいな名前の人に滅べって言ったの!」
「美しいも汚いも何も、Missなんだから私たちの最初のミってどっちも同じアクセントで響きでしょ。同じミでしょ」
「名前の持ち主から滲み出る風格と優美さが違うのよ!」
「あら珍しいわね、ミス7が大人しく負けを認めて私を褒めるなんて」
しばらく考えた後、「風格と優美さが違う」に対して主語と上下関係をつけていなかったことに気づくミス7。
「そうじゃないわよ! 主語がなくたって間違えようもないでしょ!? 風格と優美さといったら圧倒的に私が上であなたが下でしょ!」
「ついさっきまで書類に食べかすを零しながら床に寝転んでポテチつまんでスマホいじってた人がなにか言った?」
「くっ……そ、そういうミス6こそ……ミス6こそ……えっとえーっと、¥*<aj'ptw……人がなにか言った!?」
「ごめんもう一回言ってくれる?」
「だ~か~ら~! 私のことボロクソに言うけど、ミス6のほうこそ……えーっと、そのほら、あれ、この間この間、えっと……p-8+jt'-nzauovi……だったじゃない!」
「負けを認め、受け入れて前進することは成長への一歩よミス7。ほら落ち着いて、甘いもの食べて傷を癒やしなさい」
「傷口に佐藤さんを塗るような真似しないでくれる!?」
「佐藤じゃなくて砂糖だし砂糖じゃなくて塩よね。……ああはい、これさっき寄ったコンビニで買ったチョコ」
「そんな哀れみの目とともにお菓子差し出されて誰がマジデリシャスうえーいって受け取るのよ! しかもこれチョコじゃない! この流れでこの私にあんたがチョコ渡す!? どういう神経!? ふざけんじゃないわよ絶対食べないからね!」
スルースキルが高いミス6は、すでにミス7の絶叫を聞くことなく膨大な量の報告書を埋めている。書類はすべて暗号で書かなければいけないので、貰った一秒後に分厚い暗号辞典を置き忘れてどこにあるのか分からなくなったミス7は絶対に書かせてもらえない。
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