猫だニャ

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猫だニャ

 ある日。目覚めて顔を上げたら、視界いっぱいにデカイ幼女がいた。  何を言っているのかわからないって?  オレも何が起こっているのかわからない。  ただハッキリしているのは、そのデカイ幼女がオレを覗き込んでいるということだけだ。 「何だお前?」  そう呼びかけようと思って声を出した。するとオレの口からは「みー」と言う鳴き声がこぼれ落ちた。  一瞬唖然として、思わずオレは自分の体を見回した。  するとそこにあったのは肉球の付いた毛むくじゃらの手だった。身体も白い毛で覆われている。その先にはフワフワの尻尾まである。  ピクピクと動く尻尾。  何となく尻尾に飛び掛かってみた。すると尻尾が逃げた。思わずオレは尻尾を追いかける。逃げる尻尾とそれを追いかけるオレ。するとオレを見下ろしていた幼女がケタケタ笑いながらオレを抱き上げた。  オレの下半身がニョロンと伸びる。  降ろせと幼女に話しけけるが、やはり「みー」としか言えない。  仕方がないのでジタバタ暴れていると、幼女より更に大きな女性が現れた。幼女がその女性に話しかけた。 「この子、飼ってもいい?」  オレは思わず「ふざけんな」と言うが、やはり「みー」としか発することが出来ない。  そんなオレのことなどお構いなく、幼女の母親であろう女性が首を横に振った。 「駄目よ。うちはペット禁止だからね」  幼女が愚図るが母親は、まったく取り合わない。仕方がないので引導を渡してやることにした。引っ掻いてやったのだ。  泣き出す幼女。オレはザマァと舌を出す。  幼女の母親は、そんな泣きわめく我が子を宥めながら去っていった。  これでようやく自分の状況を落ち着いて確認できる。そう思って辺りを見回した。どうやら段ボール箱のようだ。寒くないようにだろう。タオルも入れられている。  捨てる人間のせめてもの情けか……  責任が取れないなら最初に避妊の処置はしておこうぜ?  まぁいいや。無責任な人間のことなんてどうでもいい。今は俺、自信のことだ。  とりあえず自分が猫になったのだということだけは理解した。何故そうなったのかは知らない。昨日の自分を思い出そうと頑張ってみた。いつも通りに学校の宿題を終わらせて、夕食を食べて寝た所までは覚えている。そして目覚めたらこの状況だ。全くもって意味が分からない。  とりあえず、猫になった自分がこれからどうしたらいいのかを考える。考えに考えて、だんだん意味が分からなくなって、そして最終的には突き抜けた。 「よし。とりあえず大好きなあの子の家に行こう!」  悩んでも仕方のないことは悩まない。と言うか、どうせなら今の状況を楽しもう。そういう結論に達した末の答えだ。  というわけで大好きなあの子の家までオレは駆けた。途中で小学生のガキ共に見つかって捕まりそうになったので威嚇したり、紐につながれた飼い犬に吠えられたので逆に(からか)ってやったりしながら、あのコの家に無事にたどり着いた。  たどり着いたオレは、少し迷ってミーミー鳴いてみた。  しばらく鳴いていると家から学校の制服を着た少女が出てきた。オレは彼女に駆け寄り、足にしがみついて鳴いた。  必死で彼女に訴える。オレを飼えと。大好きなあの子が屈み込みオレの体を撫でた。  彼女から良い匂いが漂ってくる。彼女の手の感触が心地いい。暖かくて柔らかくて、オレの心臓が高鳴る。  これだよこれ! オレは今ネコだ! ネコなんだ! 人間だった頃とは違うんだよ!  オレは彼女の足にしがみついて「ミーミー」鳴きながら、よじ登った。彼女に必死で訴える。オレを飼えー。オレを飼ってくれー。野良は嫌だー。と。  すると大好きなあの子が家へ戻っていった。駄目だったかと落胆するオレ。  しかし少ししてお母様らしき人と一緒に出てきた。お母さんに飼ってもいいか聞いている。  チャンスだ!  オレはお母様にもしがみつき、必死で「ミーミー」鳴いてお願いをする。困り顔のお母様。少し悩んだようだが、オレをひと撫でして情が湧いたのか、それとも思いが通じたのか。許可が降りた。彼女に飼って貰えることになったのだ。  やったー!  こうしてオレは、大好きな女の子の家族となった。  翌日。彼女にお風呂に連れて行かれた。元人間のオレからしたら嬉しい限りだ。彼女の手ぐしが気持ちいい。彼女が不思議がっている。ネコって普通は水に濡れるの嫌うもんね。でもオレは大丈夫だよ。  あっ! ネコ用シャンプー。百均のやつですね? もう少しお金かけてくれます?  更に翌日。  寝起きの彼女がだらしない。しかしそんな彼女が見れるオレは幸せだ。  そして新たな発見。お風呂上がりの彼女は最高だという事が分かった。  彼女のラフな格好がかなり刺激的だ。チラチラ見えてみますよ? 何がとは言わないけど。  しかし、おかげで確信した。彼女の家に来たのは正解だったのだと。ちょっとだらしがないけど、そこも大変よろしい。いやそこが良いのか? まぁ何にせよオレは今、彼女を独り占めにしている。彼女の全てがここにある。  あっ。ムダ毛のお手入れ大変ですね。手伝いしましょうか?  月曜日の朝の彼女は気怠そうだ。魔の月曜日だもんね。休み明けって辛いよね。行ってらっしゃい。彼女を見送った後、いつものように彼女の部屋に侵入。彼女の匂いの残るベッドで寝た。早く帰ってこないかな。  そして夕方。学校から帰宅した彼女とお喋り。オレは「ウナウナ」しか言えないけれど、彼女には伝わるらしい。今日、友達と喧嘩をしたらしく怒っている。オレだけが聞ける彼女の本音。そして弱音。彼女の強さと弱さを知った。明日。友達に謝ろうね。  とある連休のこと。彼女が家にいたので足にスリスリした。お休み中だからか少し伸びたムダ毛が痛い。お手入れしようよ。女子力が目減りしてますよ?  11月になった。そんな冬のある日の深夜。この時期には珍しく雪が降った。オレは彼女の部屋に侵入。彼女の布団に潜り込んだ。良い匂いだな。  その次の日の休日。彼女が朝からお出かけだった。冬服のもこもこ感が可愛い。そして夕方には彼女が帰ってきた。でも何だか不機嫌だ。どうしたんだろう?  翌日。彼女が泣きながら学校から帰ってきた。何があったんだろう? 彼女の周りをウロウロする。すると彼女がオレを抱き上げ、抱きしめてきた。だからオレは彼女の涙で濡れる顔にスリスリする。ゴロゴロ喉を鳴らすのも忘れない。大丈夫だよ。オレが側にいるからな。  それから数日経った頃。彼女がだいぶ落ち着いてきた。何があったのか気になるけど、まぁ大丈夫ならいいか。  それから更に数日が経過した。学校から帰ってきた彼女が何やら、とても怒っていて枕に八つ当たりをしている。こんな彼女は始めて見た。部屋の入口でニャーと鳴いてみた。彼女が振り向いた。しかし何だか怖いのでそのまま居間のコタツに潜り込んだ。今日はここで寝よう。  二日が経過した。ここ最近、浮き沈みの激しかった彼女が、ようやく元気になってきた。何があったのかは結局オレには分からないけど、一つ決心したことがある。オレは彼女の側で彼女の支えになろうと思った。オレは笑っている彼女が好きだから。  12月になった。もうすぐ今年が終わる。彼女はテストの追い込みだ。期末試験がんばー  クリスマスイブ。彼女は友達とクリスマスパーティ。外では雪がちらちら降っている。ホワイト・クリスマスか。オレはコタツに入って丸くなる。たまに彼女に蹴られるので抗議する。ネコホールドからの噛みつきだ。ただし甘噛みな? 彼女たちの笑い声が聞こえる。  大晦日。10月にネコになって、およそ2ヶ月が経った。波乱に満ちた2ヶ月だったけどオレの毎日は充実している。彼女の毎日変わる表情に、オレはますます彼女のことが好きになった。来年もこんな毎日が過ごせますように。  新年。彼女の着物姿は綺麗だった。良い年になりそうだ。  その翌日。彼女の親戚達が集まっている。お子様たちに玩具にされて逃げ惑うオレ。勘弁してくれ。  二月になった。バレンタイン翌日。彼女が友達と楽しそうにチョコレート作り。友チョコだよね? 義理チョコを配るだけだよね? 不安が過ぎる。  翌週の月曜日。最悪の事実が発覚した。  彼女に彼氏が出来たらしい。オレは複雑な気分で彼女の惚気話を聞いていた。  オレが彼女の側に言っても、彼女は電話に夢中。  彼女に構って貰いたくて、彼女の口にネコパンチをするが両手をがっしりホールドされ封じられる。抵抗すると彼女に抱きしめられた。胸が締め付けられて苦しい。  オレを見てくれ! オレに構ってくれ! オレがここに居るだろ!  電話が終わった彼女は、何だか寂しそう。もっと話していたかったと愚痴っている。  彼女の口から語られる恋人の話を聞くオレ。  聞きたくない。そんな話、聞きたくないぞ!  抗議のネコパンチをするが、彼女はそれにも構わず話を続けた。  オレには彼女の話を止めることが出来ない。彼女の話を聞くことしか出来ない。  3月になった。彼氏が居ることが発覚しておよそ1ヶ月。とうとう彼女が家に彼氏を連れてきた。オレは邪魔をするため男の足に絡みついた。そんなオレを男が撫で回す。懐いたと思われたようだ。違う! 懐いてるんじゃねぇよ!  最後の抵抗にとばかりに、ネコホールドをしてからの噛み付きネコキック。  そんなオレの本気の抗議も虚しく、彼女がオレを部屋から追い出した。  彼女の部屋で大好きなあの子は彼氏と二人っきり。  オレは泣いた。全力で抗議した。彼女の部屋の前でニャーニャー泣いた。鳴くではない。泣くのだ。  ドアをカリカリする。爪研いじゃうぞー。彼女の部屋の前でドタドタ暴れた。  彼女が部屋から出てきた。怒っていた。オレはまた泣いた。ニャー  オレはネコだ。ネコなんだ。なぜだか胸が締め付けられた。  こんな、こんなの嫌だ。  好きな子と一緒に過ごせる喜び。  好きな子に抱きしめてももらえる。  柔らかく温かい手で撫でてももらえる。でも、でも。そうじゃない。そうじゃないんだ。それだけじゃ足りない。  オレは、オレは……  彼女とエッチな事もしたいんだ! ※ ※ ※  そこでオレは目が覚めた。  日付を確認すると10月12日の朝だった。  当然オレの手に肉球は無いし、毛むくじゃらのシッポもない。  ほっと胸をなでおろす。  そしてオレは、すぐに行動を起こした。スマホアプリを起動して彼女に個人チャット。 『大事な話があるんだ。今日の放課後、少し教室に残ってて欲しい』  そう伝言を残して登校だ。その途中に捨て猫を見つけた。白い毛の子猫だ。スヤスヤとタオルに包まれて寝ている。 「オレ。今日、告白するんだ」  ある日。目覚めたら突然、猫になっているかもしれないのだ。そうなってからでは遅い。  その結果がどうあれ、それがきっと自分にとって最良の選択だろうから。
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