最後のキス

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最後のキス

沙絵(さえ)は今、真下に横たわる自分の姿を見ていた。 そこにいる自分は白い着物のようなものを着ていて、木製の箱の中で目を閉じている。まるで棺桶のような四角い箱。 周りには、家族や親戚や友達がいた。 各々が花を一輪ずつ持っていて、順番に沙絵の体の上に置いていく。 何これ。まるでお葬式みたいじゃないの。 夢?嫌な夢。 沙絵は眉をひそめた。 「沙絵ぇ、沙絵ぇぇ。」 花を置いた母親が、泣きながら自分の体を抱きしめている。その姿を後ろから見ている父親は、唇を一文字に結んで何かを堪えているよう。 お母さん、お父さん、何だかいつもと違う。どうしちゃったの。 「沙絵ちゃん、可哀想に。まだ38歳でしょ。」 ヒソヒソと話す声が聞こえて、沙絵は少し離れた場所にいる2人の女性を見た。 「癌だって。転移がひどかったみたいで…。」 あれは、東京の叔母さんと横浜の叔母さん? 「子供たちもまだ中学生と小学生ですって。旦那さん、これから大変ね。」 叔母さんたちは何を言っているのだろう。 大変って…何が? 「ほら、ママにさよなら言わないと。」 ずっと黙っていた沙絵の父親が、近くにいた男性と二人の女の子に話しかけた。 「…そうだね。ほら、みっちゃん、さーちゃん。こっちおいで。恭一さんも。」 泣いていた母親が振り向いて、手招きをする。 女の子たちは白い花を持って、沙絵が入っている箱に近づいた。二人同時に中を覗き込む。 「ママ。」 先に口を開いたのは、「さーちゃん」と呼ばれた女の子だった。 「ママ…。」 沙絵に顔を近づけると、うわーんと、大きな声を上げて泣き出した。こぼれた涙が、箱の中の沙絵の頬を濡らしていく。 その横で「みっちゃん」と呼ばれた制服を着た女の子も、無言で大粒の涙を流している。 咲良(さくら)光希(みつき)。 二人とも沙絵の娘である。 娘たちの後ろでは、沙絵の夫の恭一(きょういち)が手を前に組み、目の周りを真っ赤に腫らして立っていた。 …みんな泣いている。 あぁ、そうか。 これは夢なんかじゃない。 この四角い箱は、やっぱり棺桶で…。 そうだった。 私、死んだんだった。
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