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「皆様、名残り惜しくはありますが、お時間となりました。」
葬儀場のスタッフらしき男性が淡々と言う。
「最後のお別れを。」
あぁ…とその場にいる人々からため息混じりの声が漏れた。
「ママ、天国からちゃんと見ててね。」
咲良が沙絵の頬にキスをした。
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
ありがとう、さーちゃん。
「ママ、私、勉強頑張るからね。約束通り、ちゃんとS高入るから。」
光希が沙絵の髪に白い花を差し、まぶたにキスをした。
うん、頑張ってね。きっとみっちゃんなら大丈夫。
「沙絵、大丈夫だから。安心して。」
そう言って恭一は、胸の上で組まれた沙絵の手に、紫の花を乗せた。
「ママ、紫色が好きだったよね。」
涙声で光希が言う。
「沙絵…。」
恭一が沙絵の唇にキスをした。
子供が生まれてから、恭一とキスをすることなんてなかったよね。生活に追われて私、イライラしてばっかりだったかな。
昔から好きだったよ。恭一のキス。
遠慮がちで優しいから、私は好きだった。
「それでは。」
スタッフの男性が二人がかりで棺桶の蓋を閉める。
静かなフロアに、泣き声と鼻をすする音が響いた。
ガラガラと音を立てて、棺桶が焼却炉の中へ入っていく。銀色の扉が静かに閉まり、赤いボタンが押された。
間髪入れずに、ゴォォォっと大きな音がし始める。
「ニ時間程、お待ちください。」
スタッフの男性がそう言うと、集まっていた人たちは、館内の思い思いの場所へと散って行った。
しかし、恭一と光希と咲良は、その場から動こうとしない。
「ママ、燃やされちゃうの?」
咲良がかすれた声で呟く。その言葉を聞くやいなや、光希が堰を切ったように、しゃくりあげながら泣き出した。
そんな二人を、恭一がギュッと抱きしめる。
誰もいなくなった焼却炉の前で、三人はしばらくの間、鉄の扉を見つめ続けていた。
恭一、みっちゃん、さーちゃん。私はここにいるよ。
ちゃんと見てるよ。
でもね、なんか熱いの。
体がなくなっても、魂は残るのかと思ってたけど…違うのかな。
まだみんなと一緒にいたいのにな。
チリチリと少しずつ自分がなくなっていくのを感じて、沙絵の目から涙が溢れた。
完
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