幸せのひととき

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幸せのひととき

2月中旬の午後5時30分、外は暗くて寒い。 そう思いながら、職場から帰宅した僕は、リビングに向かう。 そこには良一の姿があった。 テーブル椅子に座って、小説と思われる本を読んでいる。 僕はそれを見て、笑みを浮かべる。 「ただいま」 僕がそう言うと、良一は本から目を反らし 「おかえり大介。寒くなかったか?晩ごはん大変だったら無理しないでいいぞ」 と言ってくれた。 「大丈夫だよ。今日は寒いから、あんかけ風にして、温かいものを作ろうかな。良一はあんかけ大丈夫?」 「ぜんぜん大丈夫。大介の料理は上手いから、たらふく食えるよ」 「ありがとう。部屋に戻って着替えてくる。すぐに取り掛かるから」 「慌てるな。ゆっくり待ってるから」 良一はそう言うと、僕から目を反らし、手に持っている本に目を向けた。 もっと僕を見てほしい。 本にさえ嫉妬する僕は変だろうか? 部屋に戻り、急いで部屋着に着替えた僕は、キッチンに向かい、料理を始めた。 僕と良一は、シェアハウスで暮らしている。 会社の社員寮だったところをリフォームして作られたもので、1階は男性部屋、2階は女性部屋と分けられており、トイレ、浴室、洗面所、洗濯室も1階は男性用、2階は女性用に分けられている。 キッチンとリビングだけが1階にあり、住人で共同利用をするシステムとなっている。 男性5部屋、女性5部屋あるシェアハウス。 年度末が近づくにつれて、住人の入れ替わりが激しく、今は、僕と良一、2階にいる女性2人、計4名がここで暮らしている。 4月過ぎた頃には、満室になる予定らしい。 二年前、僕と良一は、同じ時期に入居した。 お互いに自己紹介すると、共に介護職に就いている事が分かる。 介護と言っても、僕はグループホーム、良一はデイサービスに勤めている。 僕が勤めるグループホームでは、主にお年寄りと一緒に料理をする機会がある。 良一が勤めるデイサービスは、主にお年寄りと創作やゲームをしているらしい。 そのため、僕はお年寄りに食べてもらいたい料理のレシピを作り、良一に感想を聞いている。 それと創作やゲームも教わっている。 良一が美味しいと言ってくれた料理は、必ずと言っていい程、お年寄りに高評価を受けている。 創作やゲームもそうだ。 教えてもらったものは、お年寄りが好んで参加する。 「こいつすごいな」 最初はそう思い、それがだんだん好意へと変わっていった。 「良一、この間はありがとう」 僕は料理を作りながら、チラチラと良一を見る。 「えっ。俺何かした?」 そう言いながら、良一は本から目を反らし、僕を見てくれた。 この瞬間がたまらない。 「この間、良一から教えてもらった壁画とその作り方。あれお年寄りに評判が良くて、みんなで作ることになったんだ。あとピンポン玉を使ったゲームも好評だったよ」 「本当。嬉しいねえ。まだまだレパートリーあるから教えるよ」 「ありがとう」 そう言って、僕は料理に集中した。 彼のために……。
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