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結婚式は無事に終わった。
盛大にやったせいで疲れたけれど、おやじもお袋も喜んでくれた。普段は生意気な妹も、見直したぞ、なんて言ってくれたし。
「何もかも、由岐のおかげだよ。ありがとう」
僕は先ほどまで美しいドレスを身にまとい、隣に座っていた元同僚にして妻の……いや、まだ婚姻届けは出していないから妻になってくれる人のほうを見た。
整った顔立ちになめらかで長い黒髪。朗らかで人当たりも良くて、でもどこかちょっとエスっ気のある小悪魔的な部分もある。
三十歳を超えてから、こんな素敵な人と出会えるなんて。しかも社内で。人付き合いを広げることに面倒を感じる性格の僕としては、幸運としか言いようのない出会いだった。
理想の結婚相手とは彼女のことだ。
僕の言葉に、彼女もこちらを見て微笑んでくれた。
「……ええ」
その笑顔を見ると、僕の心には少しばかりの影が差す。
彼女は隠しているようだが、どうしても感じてしまう。
彼女の笑顔には、どこか無理をしているような気配があった。
少し前から、彼女はずっとこんな感じだ。
僕との結婚を少しずつ後悔し始めているのかもしれない。すぐに頭をもたげてくるそんな思いを、マリッジブルーの一言で僕はずっと押し殺してきた。だが、否定できない事実として、さんざん結婚を渋る彼女を、半年がかりで説き伏せたという事実がある。
自分に甲斐性が無いことは薄々感じている。趣味に金をつぎ込み、貯金なんてまるでしないまま今日まで生きてきた。今の会社でも首にこそなっていないが、昇進もしていない。友達も少ないし、社内での人付き合いもさほどしていない。今日の式で社長が挨拶してくれたのも、同僚がたくさん来てくれたのも、すべて由岐の人徳によるものだと理解している。この式にかかる料金も大半は由岐が貯金を崩してくれたものだ。
これまでも何となくは思っていたことだが、やはり結婚という道を歩み始めると、自分という人間がいかに情けないのかを思い知った。変わらねば、きっと彼女に嫌われるだろう。
正直に言うと自信がない。これまでの生き方をこの年でがらりと変えるなんて、
だけど、それでも僕は由岐が好きだ。
「僕……頑張……」
「ねえ、聞いてほしい事があるの」
僕の言葉が終わる前に、意を決したように由岐は僕のほうを見てそういった。
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