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大丈夫、落ち着いて。
晶は励ますように、慧の目を見た。
それに気づいた慧が、深く頷く。
何事もなく指輪交換が終わると、二人は証明書にサインをした。司会者が促し、ゲストたちから拍手が起こる。
「それではお二人に、永遠の愛を誓うキスをしていただきます」
司会者の言葉に、晶は「えっ?」と思わず漏らした。
「ど、どういうこと? キスなんて聞いていませんが」
晶は小声で慧に訊ねる。
「サプライズだから、新婦には言うなって。仕方ないだろ。とにかく、やるぞ」
「話が違っ……」
異論を封じるように、慧が晶の腰を強引に抱いてきた。くるりと体を半回転させられると、目を閉じた慧の顔が近づいてくる。しかし、唇は触れなかった。
この角度なら、ゲストたちからは慧の後頭部しか見えない。つまり、キスしているように見えるはずだ。
キスシーンを演じているだけ。静まれ心臓――晶は息を止めた。
しかし、慧の唇は、ほんの数センチ先にある。
煩いほどに鼓動は鳴り止まない。
「愛のキスをありがとうございました」
そこでやっと、緊張から開放されるのだ。
すう、と晶は大きく息を吸う。
左手には、パンパスグラスに合わせたラナンキュラスが美しいブーケ。右手は慧の腕に遠慮がちに添えられていた。階段を降りるときは特に気をつけなければならない。花嫁が足を滑らせて転び、ブーケが宙に舞うのは、隣国の恋愛ドラマではありがちなシーンだからだ。
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