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「分かってるの。だから本人には言わないんだけどね。でもね、あの子の花嫁姿を見るのが、私の長年の夢なのよ。内緒にしてね」
「ふふふ。二人だけの秘密ですね」
忍と看護師は微笑みあいながら、指切りをしていた。
晶は病室へ入れずに、その場に立ち尽くしてしまう。
自分を残して逝くことが辛いと言った、忍の言葉が胸に刺さった。
いつかは、忍が自分より先に旅立ってしまうとは分かっていても、覚悟なんか少しもできていない。晶は、くるりと病室に背を向けて廊下を進んでいく。
「お、おい。どうするんだよ。顔見せなくていいのか?」
慌てたように、慧が後を追ってきた。
「こんな顔、おばあちゃんに見せられない」
泣きたいような、切ないような、様々な感情が混じり合って、晶の気持ちは暗く沈んでいた。間違いなく、病人に見せる顔じゃない。
「少し、休みます。ごめんなさい。今日はこれで。ありがとうございました」
早口で言うと、晶は壁際の長椅子に腰を下ろし、両手で顔を覆って俯いた。
すると、隣に慧が座ってきた。
しかし、ただ座っているだけで慧は何も言わない。
黙ったままぼんやりと、向かいの壁を眺めていた。
ひたすら無駄な時間が流れていく。
このまま何時間もこうしていようってわけじゃないよね。
耐えられなくなった晶は、重たい口を開いた。
「あの、何してるんですか?」
「…………」
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