怒り

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怒り

 眠ることができす、じっと身体を横たえ、冷たくなっていく足先だけを意識していたシュンが、窓からさすいやに透明な朝日を認識したのと同時に、スマホが鳴った。  美沙子だ。  出る前からわかった。だって、彼女は千里眼だ。シュンと健になにがあったかくらい、分かっているはずだ。たとえ、遠い東北の地にいたって。  電話に出るかどうか、シュンは数秒間考えた。そして、電話を耳に当てた。ゆっくりと。今ここで電話に出なければ、数分後に電話をかけ直す惨めな自分が容易に想像できたからだ。  「……美沙子?」  『ええ。』  そこで、短い間が空いた。そしてその沈黙の後、美沙子は当たり前みたいに言った。  「健を抱いたでしょ。」  うん、と、頷くことができなかった。  健少年を抱くのは犯罪だし、そもそも抱き方だって、あれは言ってしまえばレイプだった。あの少年の姉に、うん、と正直に頷くことが、どうしてできようか。  ベッドにうつ伏せになり、枕を抱えたまま、シュンはじっと黙っていた。  すると美沙子は、ふっと、冷たく笑った。氷の女王様みたいな、冷たく凍りついた、けれどうつくしい微笑。  『腹が立ったんでしょ、健に。……私と一緒だわ。』  腹が立った。  それがどういう意味か考える前に、シュンは引っかかりを感じて思わず問い返した。  「一緒って、なにが?」  すると美沙子は、笑いの残滓がたっぷりと残ったままの声で、あっけらかんと言ってのけた。  『腹が立って、抱いたのよ、あの子のこと。』  意味が分からなかった。彼女の言っていることの真意が全くつかめなかった。  シュンはただ間抜けに、え? と、問い返すことしかできなかった。  『昔のことよ。私がまだ家を出る前。……あの子は、そのことを覚えてないわ。……幼すぎて記憶が残ってないのかも知れないし、ショックすぎて記憶を消したのかも知れないわね。』  シュンは絶句し、なんの言葉も返すことができないまま、馬鹿みたいにぽかんとしていた。そして、自分がこの事態にここまで驚いている事自体に驚いていた。   だって、近親相姦くらい、シュンは慣れている。父親や兄や叔父に犯された女は、なぜだか身体を売りたがる。そして、身体を売る女は、シュンの宿主になりがちだ。だから、こんな話くらい慣れっこなのだ。どんなふうに対応したらいいかくらい、ちゃんと要領は把握している。  それなのに、なににこんなに驚いているのだろう。
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