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 「シュンさんは、兄弟とかいないんですか?」  問われたシュンは、いつもの嘘をつこうとした。いないよ。一人っ子なんだ、と。  その嘘が上手く口から出てくれなかったのは、健少年があまりにも真っ直ぐな目をしていたからだろう。これまでシュンは、こんな目をした誰かと話したことはなかった。  例えば美沙子。その前の宿主。さらにその前の宿主。いくら遡っても同じことだ。彼女たちはシュンに、身構えながら話しかけた。シュンが言葉の針で自分を傷つけるのではないかと。だからシュンは、いくらでも嘘をついた。いくらでも耳触りのいい言葉を吐き出した。  でも、たった今、隣からシュンを見上げている少年からは、わずかばかりの身構えの気配も感じられなかった。  彼は、あけっぴろげにシュンに話しかけている。ときに言葉が針にも剣にもなことすら知らないみたいに。  「……死んだんだ。妹が二人。」  口から出てきたのは確かに事実で、その事実は20年以上がたった今でも、新鮮な痛みでシュンの胸を切り裂いた。  え? と、驚いたように健少年が目を瞬く。  ああ、これでやめよう。  そう思ったシュンは、口をつぐみ、ラーメンのスープをごくりと飲み干した。  わざわざ露悪的な話をして、うんと年下の男の子を困らせるような趣味はなかった。  シュンも少年も無言の数秒間が過ぎた。  ごめん、と、シュンは謝ろうとした。  反応に困る話をしてごめん、と。  けれど、シュンより先に、健少年が口を開いた。  「……その話、もしよかったら聞かせてくれませんか?」  その問いかけを聞いて、シュンは笑った。それは、完全に無意識から出た表情だった。ただ、彼は確実に笑ったのだ。痛々しい傷跡みたいに頬を引きつらせながら。  健少年は、その表情を見てもひるまなかった。多分、健全なこの少年には、シュンが見せたみたいな極限を切り取ったとでも言うべき表情のストックがなさすぎて、今が怯むべき事態だと判断することもできなかったのだ。  シュンにはそれが分かった。少年が、自分を受け入れてくれたのではなくて、ただ幼く健康的なのだと、よく分かった。それでも、言葉は止まらなかった。  「飢え死にしたんだ。俺が6歳で、妹は1歳と2歳だった。電気も水道もガスも止まった部屋に、母親に部屋に置き去りにされて、食べるものも飲むものもなかった。それで、しばらくしたら下の妹が死んだ。それから上の妹。……ああいうとき、子供って泣かないんだよ。最後まで、母親が帰ってくるって信じて、黙って順番に死んでいくんだ。俺は、たまたま順番が巡ってくる前に母親が帰ってきたから生きてるけど。」    
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