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 「美沙子……、」  その先の言葉が出なかった。元気か、では白々しすぎるし、会いたい、ではどうせ嘘と知れる。考えあぐねているうちに、美沙子のほうが口を開いた。  『まだ、うちにいるの?』  「うん、いる。」  『健とは、会った?』  「会ったよ。」  そう……、と呟いて、美沙子は口を閉ざし、なにか考えているようだった。先程からの声も、ずっとなんだか上の空だ。  「美沙子?」  なんとなく不安になって名を呼べば、電話の向こうで美沙子は笑った。  『最低ね。私のことなんてどうでもいいくせに、寂しいのだけは嫌いなんだから。』  反論できない、的を射た言葉だった。  シュンが黙り込むと、美沙子はまた声を立てて笑った。  『嘘くらいついたらどうなの?』  「……寂しいよ、美沙子がいなくて。」  『下手な嘘ね。』  「本当だよ。」  『嘘よ。寂しいっていうのは本当だとしても、私がいないからっていうのは嘘。……肝心な方が、嘘なのね。』  鋭すぎる、と思う。  ヒモを飼うような女は、たとえもとより鋭くても、頭の中をうまいこと鈍らせているものだ。そうでなくては、ヒモの宿主なんてやっていられないのだろう。美沙子もいつも、そうだった。いくつもの麻酔で、正気のありかを分からなくさせて。  それなのに、今日の美沙子は鋭すぎる。  「……どうしたの?」  鋭すぎるよ、とは、さすがに言えなかった。だから、ひどく曖昧な物言いになった。  すると美沙子は、喉を鳴らすように低く笑った。それは、ひどく暗い笑いだった。  今回の出稼ぎ先は、出稼ぎに慣れている美沙子でさえまいるような酷いところなのかもしれない。  そう思ったシュンが口を開く前に、美沙子が口を切った。  『健のこと、気に入ったでしょ。』  それは、強い断定口調だった。  シュンは、どう答えていいのか分からず、黙った。  本音を言えば、気に入ってなどいない。あの健康すぎる少年は、シュンの癇に障る。  けれど姉である美沙子にそれを正直に言うのもどうかと思い、貝になっていると、また美沙子は暗く笑った。  『シュン、好きじゃない、ああいう子供みたいなの。』  「え?」  『ああいう子供みたいなののヒモには、絶対ならないものね。』  確かにシュンは、子供っぽい性格をした男や女のヒモにはなったことがない。そうなることを、慎重に避けてきた。でもそれは、そういう人間が好きだからではない。むしろ、その逆だった。そういう人間のヒモになると、後々もめて面倒くさいからだ。  美沙子にそう言おうとして、上手く声が出ないことに気がつく。美沙子はやはり、電話の向こうで笑っていた。    
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