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 『もう、健のこと、抱いたの?』  電話の向こうで、美沙子は確かにそう言った。  シュンは、自分の聞き間違いかと思って聞き返した。  「え?」  しかし美沙子は、一語一句違わず、先程の台詞を繰り返した。  『もう、健のこと、抱いたの?』  シュンはその問いの意味が飲み込めず、しばらく黙った。美沙子がなにを言っているのか、本気で理解できなかったのだ。  しかし美沙子は、シュンの沈黙を、肯定の返事ととったらしかった。  『抱いたのね。』  美沙子の低い声。  その冷たさに、水でもかけられたように我に返ったシュンは、慌てて首を振った。  「まさか。男だし、第一子供じゃないか。」  『今更まともな大人みたいな口聞かないでよ。あんた、男抱けるでしょ。』  なんで知っているんだ、と思ったが、美沙子の声には確信があった。だからシュンは、しぶしぶその事実を認めた。  「抱いたことはあるけど、宿のためだよ。望んで抱いたことなんかない。」  美沙子が、勝ち誇ったように鼻を鳴らし、幾分声を高くする。  『それは、女だって同じことじゃない。』  女だって同じこと?  美沙子の言い分にどれくらい分があるか、シュンは考えたくなかった。考えたときが、自分の破滅するときだとさえ思った。  望んで抱いたことがない、それは、誰のことでも。  その考えを振り払うように、シュンは話題をそらした。  「……待ってよ。そもそもあの子、いくつなの?」  『15だったかしら。』  美沙子は、話題をそらされたことになど余裕で気がついている、と言いたげな不機嫌な声でそう答えた。  シュンは、美沙子の不機嫌に気が付かないふりをした。  「そんな子供に手を出したことなんかないよ。」  『じゃあ、これが初めてになるのね。』  「ならない。なに、美沙子、酔ってるの?」  美沙子が酔っていないことくらい、声でよく分かっている。それでもそう言うしか、シュンには逃げ場がなかった。  『酔ってないけど、正気でもないわよ。正気でこんなことしてると思う? ヒモ飼って、出稼ぎ行って、弟をあんたのところにおいてって。』  美沙子の声は、まだ不機嫌を引きずってはいたものの、さほど怒りや憎しみの感情は含まれていなかった。それは、不自然なくらいに。  「だったら……、」  『だったら、なんなの? 私が正気に返ったら、あんた、私から離れていくくせに。』  やはり、平然とした調子の美沙子の声。  シュンは、返す言葉が浮かばずに黙り込んだ。
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