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すっかり痩せて骨ばった手が頬を撫でる。私はその手に頬を擦りつけると、おもむろにその指先を口に含んだ。
ぬるりと舌を這わせると、父は驚いて手を引っ込めた。
「何を……!」
「お父さんは覚えてる? あの温室で初めて会った日、おじいさんに言われて苺をくれたよね。あの日、私はお父さんの指を舐めてしまったの」
「……」
私はあの日を忘れたことは一日もない。
白い手袋越しに指先に触れた舌の感触も、それに対して気まずそうに目をそらした父の顔も忘れない。
あの時予感がしたのだ。
この人は私にとって何か特別な存在になると。
窓の外の空を仰ぐと、夜闇を引き裂くように稲光がぎざぎざと走る。
どうせ引き裂くのなら、私の心を裂けば良い。
私の唯一で特別な人を連れ去ってしまうのなら、もう私に心なんか要らない。
私は父の目をじっと見て、ゆっくりと囁いた。
「お父さん。一度だけ……一度だけで良いから私を抱いて」
「!? 馬鹿な事を!!」
驚愕する父ににじり寄ると、彼は怯えたように後ろに下がる。
「やめろ……やめてくれ……頼むから……」
苦しげな父の声に涙が混ざり、私は後悔した。
こんな事をしても意味なんかない。
善良な父を苦しめるだけだ。
わかっていた筈なのに、馬鹿な事を言ってしまった。
「ごめんね、冗談よ。少し冷えてきたから近付きたかっただけ。知ってる? 雷って神様が鳴るって書いて神鳴とも書くんですって。きっと神様が見ているわ。こんな悪戯をしていたら、罰が当たってしまうわね」
ず……と鼻をすすって涙を隠し、この話を終えようとしたら、父が小さく呟いた。
「お前を愛している。幸せになって欲しい……お前は私の唯一人の娘なんだから……」
私はきっとどこかで何かを掛け違えたのだ。
けれどそれが一体いつ、どこで何をなのかはもうわからなかった。
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