秘密

2/3
前へ
/12ページ
次へ
財力のあった老人は生まれた私を死産と偽り、私邸内の温室で秘密裏に育てた。 赤子の頃は養育係として口のきけない老婆を雇い、恐らくは6歳頃まで育てさせた。 当時の自分の年齢に自信がないのは彼が私を無戸籍で監禁していたために学校へ行っていなかったから。 それどころか、読み書きも発声も言語というものを全く教えずに育てたから。 私は父に救い出されるまで一切の言語を持たない、獣のように生きてきたのだ。 老人は私を天使の子どもだと言っていたそうだ。 恐らく人間の子を監禁するという禁忌を自らの中で正当化するための方便だったのだろう。 言葉を一切教えなかったのは獣として扱うつもりだったのか、助けを求められないようにするためだったのかは……本人も当時世話をしてくれていた老婆も死亡した今となっては誰にもわからない。 老人の死の間際に私の事を知った父は罪の意識に(さいな)まれたという。 監禁という虐待下にある私を救いたくとも、医師であった老人に命を救われた過去を持ち、当時存命だった家族の生活を支えてもらっていた父は逆らう事が出来なかった。 全てが解決したのはそれから間もなくして老人が亡くなり、遺言により私の身柄と彼の財産が引き継がれる事になった時だ。 私を引き取ることを条件として老人の莫大な財産を受け取った父を、悪しざまに(ののし)る者も少なくはなかったらしい。 しかしそれらは屋敷の外の者ばかり。 屋敷の中の使用人達は老人の跡を継いで屋敷の主人となった元執事を歓迎した。 それは父が前主人と同様に使用人達を厚遇した事だけが理由ではない。 彼らもまた監禁の事実に薄々気付きながら、保身のために気付かない振りをしていた共犯者だからだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加