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当日は初ライブよりひとが居た。50ぐらいのキャパで、ひしめき合うひとは、ほとんどが知り合いの知り合いだ。気さくな声がステージに飛び交う。俺も、しぐれ〜、とか呼ばれて、手をあげた。やぐさんの彼女も来ているようだった。
俺は目の前に座ったパイプ椅子の女を見た。初めのような鋭さは一切なく、今はもう見守るような目を向けられている。
じりっと熱いピンスポに晒され、ギプソンはあの日に比べると響く様になったし、指回しからダイレクトにメロディを操れる様になった。
でも、時々コードを間違えたり、とちったり、テンポに遅れ、やぐさんを見ると苦笑いを向けられたり。
人の熱と、声と、スモークと、汗と、高揚した塊みたいなものに自分がなった気がした。
あずさは目が合うと頷いてはくれるけど、視線はずっとやぐさんに。
下手くそでも、もたつくアルペジオでも、流れるような美しい光の音じゃなくても。
俺が、どうしても伝えたいことは、ありきたりな告白では伝えきれる訳でもなく。ただ、乱暴に、ただ、衝動的に。技巧も、バランスも何もなくても。
溺れるような音で、心に届けたいだけ。
やぐさんへ恋心を壊すつもりはない。でも、終わりかけの恋にいるあずさを一瞬だけ、ほんの一瞬だけでいい。俺だけの歌で、奪いたい。
「……最後の曲を歌います。俺は曲を作る柄じゃないし、なんなら社会に出ても、お遊びコピーバンドでいいと思ってます。でも、あるひとに、どうしても伝えたい気持ちがあって、曲を作ってみました。失恋しても、俺がいる」
あずさは驚きながら、俺を見ていた。
ーーーただ好きになっただけ。
コードを押さえ、弦をなぞる。足もとの顔たちが俺に好奇の眼を向けたのが分かった。打ち合わせにない勝手なギターソロに、メンバーからブーイングの可能性は大。痛い青春の1ページ確定。パイプ椅子の女はこの歌を聴いてなんて言うだろう。
いつもの八重歯を見せ、下手くそ、って柔らかく笑ってくれたら、死ぬほど嬉しいんですけど。
End.
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