月の夜

1/3
前へ
/9ページ
次へ

月の夜

 この時期、ぼくのアパートの窓からはよく月が見える。高台に建つこのアパートは、築年数は旧いがこの眺望が売りで、誰かが越して行ってもすぐ部屋は埋まる人気だ。  空気が冴えて来る季節には、低い軌道を描く蒼い月を窓越しにずっと見ている事ができる。雲があってもいい。雲が無い日の月明かりは格別だ。  ぼくは帰宅すると、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ベランダだったり、窓辺に置いた小さな椅子で、月を肴に一杯やるのを習慣にしていた。それは一日のオンとオフを切り替える、自分にとって大切な儀式のようなものだった。  この季節にしては妙に暖かな夜になったその日、ぼくはベランダに出て手すりに身体を預け、ちょうど通りかかっている月を眺めて、プルタブを開けた。「プシュッ」と心の鍵を外すような音が聞こえて、細かな泡が立ち上ってくる。 「……お疲れ様です」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加