月の夜

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 自分にそう言うと、ぐっとひと口飲んで、月を眺めた。上弦の月。周りの星たちの光を押し隠すような、さえざえとした光だった。  もうひと口飲んだ所で、どこかで「プシュッ」という音がした。隣の部屋のベランダのようだった。  今年の春頃に越してきた女性の筈だった。夏の午後に窓を開けていると隣からセルジオ・メンデスの曲が流れてきて、それを聴きながらうとうとした事を思い出した。  ぼくは興味を抑えきれずに、ベランダの仕切り越しに隣室を見てしまった。  ベランダに置かれたキャンプ用のチェアに腰を下ろした女性と目が合った。 「あ」缶ビールを持ったまま、女性はぼくを見ていた。栗色の短髪で、耳にちょっと大き目のピアスをしているのが分かった。 「あ、すみません」  ぼくは悪い事をした子どものように視線を逸らして、誤魔化すようにビールを喉に流し込んだ。 「いつもいい音、させてますよね」
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