ミスター・ムーンライト

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ミスター・ムーンライト

 一度、女性がロマン・ブランシュの缶を買ってきてくれた事があり、ベランダ越しに手渡してくれた。缶に小さな付箋が貼ってあって、「ミスター・ムーンライト様」と綺麗な字で書かれていた。 「ビートルズ?」 「あの歌、好きなんですよね」  確かに印象的な曲だ。 「あ、他意は無いです」  女性が言い、笑った。 「……ですよね」ぼくも笑った。  その日は満月だった。上り始めた月は大きく見え、金星の光も霞むような明るさで夜を散らしていた。蒼い光の照らすベランダに出た。  ぼくはだんだん、女性の事が好きになり始めていた。話せば話すほど、ぼく達には共通する趣味や、食の好みがある事が分かった。女性の物怖じしない態度と、時折見せる茶目っ気に、この人ともう少し長い間、ちゃんと正面から話していたいという想いが強くなっていた。
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