ミスター・ムーンライト

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 勿論、これはぼくの独りよがりであって、女性がぼくのように考えているとは限らない。度が過ぎたお隣づきあいに辟易しているかもしれない。けれど、この想いにけりをつけておきたい理由が出来た。  転勤の辞令が出た。  住み慣れたこの部屋と、ベランダの特等席ともお別れしなくてはいけない。勿論、女性との時間にも。  月はその大きさを小さくしながら頭上へと上がっていく。ぼくは気持ちを鎮める為に、女性から貰ったロマン・ブランシュの缶のプルを開けた。「プシュッ」といい音がして、泡と共に、レモンにも似た柑橘系の香りがふわりと薫った。  と、隣で「プシュッ」と音がした。タブを開ける音が続く。女性もベランダにいるようだった。アパートの下の線路を、電車が走って行く音が聴こえた。  ぼくはベランダの手すりに歩み寄った。ビールをひと口飲む。爽やかな香りが鼻に抜けて、甘酸っぱいような味わいが喉を通過して行った。
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