父に似た人

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父に似た人

「日本と韓国、 遠距離恋愛なんだね。 どこで彼女と知り合ったの? あ、…失礼。 会ったばかりの人間が 立ち入ったことを 聞いてしまったね。」 田中が運転を代わると間もなく、 ソンジュの叔父は 後部座席で 寝入ってしまったようだった。 どうやら ソジュンもソンジュも 寝たらしい。 車内は急に静かになった。 「いえ…、かまいません。 …というより… 恋人っていえるのかどうかも… 彼女とは、 一度しか 会ったことはないんです。 イスタンブールに 行ったことがあるんです… 大学で建築学を 専攻していたもので… 歴史も好きだし、 大学にいるうちに トプカプ宮殿を どうしても見ておきたくて… アルバイトでお金を貯めて… その時彼女と出会いました。 僕、そそっかしくて…、 韓国人だと思い込んで 話しかけたんです。 綺麗な人だな…って、 気がついたら 話しかけてました。 普段は そういうこと できない性質(たち) なんですけれど。 建物の説明をしてあげたりして、 短い時間でしたけれど 一緒に過ごしました。 とても楽しくて… それきりになるのが残念で…、 でも、苦学生なんですよ。僕。 いまどき、 携帯も持っていない学生なんて いないと思うんですけど、 持ってなかったんです。 その時。 だから…、 住所をメモって 彼女に別れ際に渡しました。 ずっと待ってました。 手紙が来るのを。 でも、来ませんでした。 当たり前ですよね。 旅先で会っただけの男に 手紙なんて… そもそも… 彼女はハングルを知らないし… 僕も会話はできますけれど、 読み書きは ひらがなが分かる程度… なのに住所を… 馬鹿ですよね。 諦めかけたころ…、 一年過ぎたころ 彼女から手紙が来ました。 たった一行の手紙でした。 会いに来てくれないか…と。 なのに…行けませんでした。 お金がなくて… だから、 結局一度しか 会ってないんです。」 「でも、 こうして 会いに来たんじゃないか。 彼女も君のこと 忘れたわけではなかったんだね。 ずっと…きっと 君のことを想っていたんだ。 ちゃんと両想いの 恋人じゃないか。」 「そうなのかな…」 助手席でチソンは はにかむような笑みを 浮かべていた。 「手紙が来てからは アドレス交換をして、 お互いに僕は日本語、 彼女はハングルを頑張って… 今ではやっと メールとかツイッターで 連絡を取り合えるぐらいには なりました。 僕も卒業して就職しましたから、 やっと携帯も持てたので たまには電話で話したりも できるようになりました。 まだ新入社員なので 薄給ですけれど。」 「そうか… でも、新入社員の身で、 よく休暇が貰えたね。」 「はい…実は、 会社には嘘をついてしまいました。 恋人ではなくて、 …婚約者がいると… 身内でなくては、 休暇がもらえなくて… 彼女のお父さんが 津波で流されたかもしれないんです… 連絡が取れなくなったと… それで、 居ても立ってもいられず 来てしまいました。」
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