君を1人にはしない

1/1
前へ
/21ページ
次へ

君を1人にはしない

「ごめんなさい。 母が変に気を回して…」 由紀の部屋で 2人は向き合い… 戸惑っていた。 「やっぱり、 僕も皆んなと一緒の部屋で寝るよ。 寝袋があるから 車の中でもいいし…」 「1人に…しないで…」 部屋を出て行こうとする チソンの袖を由紀が掴んだ。 「一晩中余震があって、怖いの。 ずっと母と一緒に寝てた。 お願い…」 蝋燭の灯りが背後にあって 由紀の表情は窺えない。 袖を掴んだ手が震えていた。 「ごめん、気がつかなくて。 側にいるから、 安心してお休み。」 そっと抱きしめた。 由紀は自分のベットに、 チソンは 隣に敷いた布団に入った。 いつ余震が来て 逃げるかもしれないから 服は着たまま。 靴下も脱がず、 由紀はネックウォーマーも したままだ。 灯油を節約して 暖房器具を使ってないので、 由紀の部屋の気温は 外と大差なかった。 「チソンさん…、 下だと寒くない? それに…、まだ9時だし 眠るには早いし… 少しお話しない?」 「そっちに行ってもいい?」 「うん…」 「なんだか、 平安時代の 恋人同士の逢瀬みたいね。」 ふふと裕子が笑う。 「えっ?どういうこと?」 「灯りがなくて、 今日みたいに 月も出ていなかったら 暗闇の中で会って、 顔も見えないのに 声とか気配とか香りで 美しい人だって 恋い焦がれたんだそうよ。 不思議ね。 ねえ、私が、 明日朝起きたら すごい醜女だったらどうする?」 「 だって… 僕は君と会ったことが あるじゃないか。 でも、日本のその… 平安時代?って そんな風だったんだ?」 「チソンさんのお国だって 昔は同じようだったんじゃ ないかしら。 日本では、 貴族の姫君は 大人になったら 男の人には 家族でさえも 顔を晒すようなことは しなかったのだそうよ。 だから、 筆跡とか詠む歌の品格、 人の噂だけで 美しい姫と思って 恋い焦がれて 歌を詠みかけ 求愛したんですって。 だから、 源氏物語っていうお話のなかに、 主人公がそうやって 恋い焦がれて やっと契りを結んだ姫が 実は象のように鼻が長くて ものすごい醜女だった、 っていうくだりがあるの。 だから…」 「そう…なんだ。 僕は、 歴史とか古典とかは 詳しくなくて… 恥ずかしいけど。 でも、 どうしてそのことを? 牽制してるのかな? 僕のこと。」 「そうじゃなくて、 こんな時にここまで来てくれて 信じられないくらい嬉しいけど、 怖くて。 一度しか会ってないのに…。 がっかりされたら… それが…怖い。」 その時、また大きな余震が来た。 由紀は思わずチソンに縋りつく。 震えの止まらぬ由紀を 抱きしめその背を撫でた。 「大丈夫。君を1人にはしない。」
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加