父として

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父として

父の明とチソンたちが到着した翌日 男たちは、 朝からさっそく 片付けに取りかかった。 まず、倒れてしまった仏壇を 3人掛かりで立て直した。 中扉を開けると、 表装の端が少し破れてはいたが、 御本尊そのものは、 無事だった。 「御本尊様が無事で良かった。 守られたな…」 台所では、 由紀や母が割れた食器類を、 段ボールに入れて片付けていた。 まだ、電気が復旧してないので、 掃除機がかけられない。 皆、硝子の破片などで怪我をしないよう、スリッパをはき、 軍手をして作業していた。 男手が増えたので、 どんどん片付いていく… 昼過ぎには、 あらかた片づけは終わった。 男たちは、 父の明と一緒に、 近所の老人宅で 困っている人はいないか 見て回り、 片づけを手伝ったり 給水車が来れば、 大きな鍋などを持って 皆で並んだ。 近所からは、 握り飯の差し入れや 「工場の冷凍庫が 使えなくなったので食べて下さい」と、 冷凍のパンや惣菜が 届けられた。 小さな反射式のストーブ一台だけで 暖を取り、その上で湯を沸かしたり 冷凍食品を焼いて食べたりした。 由紀と母、 ふたりだけの時は、 心細かったが、 父が帰り 人が増えただけで その賑やかさで 元気が沸いてくるのを感じた。 「いや~、ご近所の方 皆さんご自分も被災されたのに 食べ物を分けてくださったり ご親切ですな。」 と、ソンジュの叔父は感心していた。 ある物とないものを、 互いに融通しあう。 当たり前のように そうして、支え合って 苦しい時期を 乗り越えようとしていた。 四日目に電気が復旧した。 その日、 「電気も復旧したことですし、 片づけも済んだので、 我らはそろそろ戻ります。 用もないのに、留まっては、 穀潰しになってしまいますから。」 「本当に、 言葉に尽くせぬほど お世話になりました。 この、ご恩は決して忘れません。 落ち着きましたら、 必ず御礼に伺います。」 「困った時は、お互い様です。 田中さんの振る舞いや ご近所さんを見て、 改めてそう強く感じました。 お仕事で、 新潟に来られる時があれば、 また、お目にかかりましょう。」 「ただ、チソンは置いていきます。 まだ、買い出しなど、 男手があった方が良いでしょうし。 チソン、 由紀さん、ご家族とこれからのこと、 この際だから よく話した方がいい。」 昼食を終えると、 3人は車に乗り帰って行った。 家の隅々まで念入りに掃除機をかけ、 念のためぞうきんがけもした。 やっと、スリッパを脱ぎ、 クーラーをつけて暖を取った。 灯油は、いつ補給できるかわからないので、節約しながら使用していた。 まだ、水道は復旧してなかったが、 ようやく日常に近い生活に 戻りつつあった。 その夜 「チソン君、話したいんだが 僕の部屋に来て貰えるかな」と 明が言った。 「コーヒー、どうぞ。 カフェインレスだから 夜飲んでも大丈夫だよ。」 「いただきます。」 「チソン君に声を掛けてもらわなかったら、帰り着けたか分からない。 ほんとにありがとう。 でも、どうして、 僕に声を掛けたんだい?」 「亡くなった、父に似てる気がして、 声を掛けないで、通り過ぎては、 いけない気がしたんです。 そう思った時には、 もう、声を掛けてました。 不思議です。 由紀さんに、 イスタンブールで逢った時も そうでした。 綺麗な人がいるな、 と思った時には 韓国語で話しかけてました。 由紀さんは、言葉が分からず 戸惑ってましたが…。」 「率直に聞くけど、 由紀のこと どう思ってるのかな。 ここまで来てくれたんだから、 今更、なんだけど。」 「好きです。 できれば、 共に生きていきたいと 思っています。」 「それは、 由紀も同じ考えと、 思っていいのかな? 「はい。 正直、簡単でないことは、 分かっています。 母からも『苦労することになるよ』と言われています。 反対はされてませんが、やんわりと 『祝福されない結婚は、辛いよ』と 韓国では、家族はもちろん、 一族の結びつきが強いので。 日本人の血を嫌う人もいると…」 「チソン君は、 韓国人とか日本人とか関係なく 人として、素晴らしいと 本当に思ってるよ。 助けてくれたことに、 感謝してる。 ただ、一人の父親として 心配なんだ。 韓国は、 国情とか経済とか 不安定だ。 もちろん、日本だって オイルショックや円高や 色んな事を乗り越えてきて いつもいつも、 安定していたわけじゃない。 ただ、 今回のことでも分かるとおり、 日本では、和を重んじる。 それが、 良くも悪くもあるんだけど、 韓国では、 上下関係が厳しいというか 決めたがるだろう? どちらが上か? それが、両国の関係 歴史認識にも表れている と、私は思ってる。 日本では、 「我以外皆我が師」 という言葉があって、 身分や立場に関係なく、 どんな人にも学ぶべき事があり、 それは、 たとえ相手が 身分の低い人や子どもであっても、 良い部分は認め尊重する そういう考え方なんだ。 由紀は、家事全般、 できないわけではないが、 堪能とは言えない。 むしろ、 ジュエリーデザイナーとしての 成功を夢みている。 家庭に収まるつもりはないと思うし、 そういう由紀を分かって認めてくれる人と一緒になって欲しいと思っている。 チソン君は、どうだろう? 難しくはないかい? 長男として、 家を継ぐ責任もあるだろう。 長男の嫁として、 祭祀を継ぐのは、 由紀には難しいと 僕は思う。 由紀は、一人娘だが、 僕自身が長男ではないから、 僕で田中家が絶えても 田舎に墓もあるし それを守ってくれてる 人もいるので、 それは、問題ないんだが。」 「正直、難しいと思いますし 自分も自信があるわけではありません。」 「はっきり言えば、 チソン君が日本に来て、 例えば就職して、 日本で暮らすのなら、 結婚に賛成だ。 ただ、韓国に由紀を行かせるのは 父親として、したくない。 色んな意味で、不安が多すぎる。 そこまで由紀のことを想ってないなら、 日本に来る覚悟までは 出来ないのであれば、 あまり、傷が深くならないうちに けじめを付けた方がいい。 酷い言い方かもしれないが、 それが、率直な意見なんだ。」 「はい、田中さんのお気持ちも ご心配も、よく分かるつもりです。 僕は、父を早く亡くしました。 韓国では、 父がいないというだけで、 下に見られる。 差別される。 それが、現実です。 結婚しても、 男子を産まなければ、 正式な一族の一員として 嫁として認めない。 それも、事実です。 よく考えて、 由紀さんとも話し合います。」
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