復興の力になりたい…

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復興の力になりたい…

チソンは由紀を伴い 韓国へ渡った。 チソンの故郷は ソウルから離れた南部の小さな街で どことなく 由紀の実家のある 仙台市西部と雰囲気が似ていた。 チソンの家に行き 母の前で チソンに教えてもらった 韓国式の挨拶を 緊張の面持ちで 礼を尽くす由紀 チソンの母は、 微笑ましく見て 挨拶を受けた。 『この度は、 チソンさんが仙台にまで来て 震災後の片づけを助けて下さり、 ありがとうございました。 また、父を助けてくださり 命の恩人と感謝申し上げております。』 たどたどしい韓国語ではあったが、 由紀は心を込めて挨拶した。 『由紀さん、遠いところ よくお出で下さいました。 何もないところですが、 ゆっくりしていって下さい。 この度の地震は、大変でしたね。』 『幸い、我が家は無事でしたが、 ご近所では家が壊れた所もあり、 また、 御親類を亡くされた方もいます。』 『それは、お気の毒に… 由紀さんは、 普段は東京にお勤めとか? はい、 宝飾会社で 経理の仕事をしております。』 『おいくつになられますか?』 『28です。 韓国では、29歳になるようですが。』 『チソンとは、 結婚を考えていますか?』 『はい、できますならば 共に生きていきたいと 思っております。』 夜の食卓は、ささやかであったが 母の心づくしの品が並んだ。 チソンとその弟、母と 四人で食卓を囲んだ。 チソンが時々通訳を交えながら 楽しいひとときとなった。 夕食後 「由紀、母さんと話してくる。 まだ僕は新入社員で、 韓国でも実績があるわけではない。 でも、 日本の復興の役に立ちたいと、 現場を見て、そう思った。 もちろん、 由紀のお父さんに 認めてもらいたいという 下心がないとは言わない。 でも、そうでなくとも 建築を志す者として 復興の役に立ちたいと 純粋に思ったんだ。 その気持を、 話してくる。」 「母さん、 ちょっと話してもいい?」 「いいよ、お座り。 由紀さんのこと?」 「それも…、ある。 先がどうなるかは、分からないけど。 一緒になれたら、とは、思ってる。 でも、 今、母さんに言っておきたいのは、 日本で働こうと思ってる と言うこと。」 「まだ、就職したばかりじゃないか。 せっかく、大手に入ったのに… 母さんには、 親不孝になってしまうかもしれない。 申し訳ないと思ってる。 日本は、今、とても大変なんだ。 被災現場を見て、 復興の役に立ちたいと、 建設業界に身を置く者として そう思った。 会社に戻って、 出向とか派遣扱いができないか、 まず聞いてみる。 無理なら、辞めて 日本の会社を受けられるよう 就労ビザを取る。 祭祀を継ぐべき 長男の僕に 許されることでは ないのかもしれない。 でも、1か月仙台で過ごして、 日本の人のあり方を見てきた。 知らない人でも、 困っている人には 当たり前に手を貸してくれる。 自分が大変なのに、 人を思いやり、助け合う。 だから、僕も 自分に出来ることがしたいと 思ったんだ。 日本のせいで、 韓国は不幸になったと そういう人がいることは、 分かってる。 でも、事実は、 違うんじゃないかな。 日本の人は、 上手くいかなかった時 人のせいにしないで 自分自身を反省する。 韓国人は、 〇〇がいなければとか、 人のせいにするだろ? 親とか環境とか。 日本の統治だって、 搾取や植民地でなく 本土並みになるよう たくさん国家予算を つぎ込んだと聞いたよ。」 「それは… おばあさんから聞いて 知ってたよ。 今は、言いにくい雰囲気があるから 口にする人が少ないが、 年寄りは、皆知ってる。 日本が来る前は、 女は学校へは いけなかった。 男の子だって、 行けるのは、金持ちか 両班の息子。 ところが日本が来ると、 小学校をどんどん作り 桜を植え 山には木を植え 道路を整備して 食べ物もたくさん できるようになった。 皆、豊かになって、 文字も 読み書きできるようになった。 朝鮮人をいじめる日本人 もいたけど、 それは、 朝鮮人同士でもいるじゃないか。 母さんは、分かってる。 勇気がなくて、 言えないだけで。」 「母さん、 もう一つ言っておきたいことがあって… もし、 将来由紀と結婚することになったら、 僕は、 日本に帰化するかもしれない。 由紀のお父さんに言われた。 『チソン君のことは、 由紀の相手として、 人としては申し分ないし、 いい青年だと思う。 だけど、韓国は、信用できない。 国情も経済も不安要素があって、 娘を行かせるわけにはいかない』と。 確かに、何度も経済危機に陥ってるし、 北と対峙していて、徴兵制もある。 発展しているのは、 ソウルだけで、 地方都市は、 貧しい地域も多いのも事実だ。」 「由紀さんのお父さんがいうことは、 最もだと母さんも思う。 女だけが、 我慢して男のところへ嫁ぐ。 これまでは、そうだった。 でも、お前たちまで、 そうすることは、ない。 由紀さんのことを、 本気で愛しているなら、 チソンが行けばいい。 異国暮らしは、大変だろうけど 女たちは、 それを乗り越えてきたんだ。 女に出来て、 男のチソンにできないはずはない。 それでも、もしだめだったら、 帰ってくればいい。 ただ、それだけの、事じゃないか。」 「ありがとう、母さん。」 「まあ、伯父さんたちが ぎゃんぎゃん文句を 言うかもしれないけどね。 最近、耳が遠くなってきたから、 よく聞こえなくて ちょうどよかったわ。あはは…」
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