私のするべき事は…

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私のするべき事は…

できへんことを嘆くより、人のために、自分らしく、この命を使っていこう 阪神淡路大震災で60時間後に救出されたものの右足に障害が残った人の言葉 阪神淡路大震災から19年。(2014.1.17当時) 神戸市の人口の42%が震災後に生まれたか転入して来た、 震災の記憶がない人たちなのだそうだ。 時間が、 人々の記憶を薄れさせていくと共に 傷跡も消して、 癒していくように思われる。 しかし、目に見えない心の傷は、 まだまるで昨日の事のように 疼いている人もいるのかもしれない。 昨日には 戻ることはない 不自由な           身を嘆くより 今できること  🍀🍀🍀 「この度は、 ご配慮により 長い特別休暇をいただき、 大変ご迷惑をおかけしました。 幸い、実家は無事で、 父も仕事に復帰しております。 本当にありがとうございました。」 東京に戻った由紀は、 経理部門の上司、仲間に 深々と頭を下げた。 「ほんと、無事で良かったわ。 由紀ちゃんの家がどの辺なのか、 こっちは、土地勘がないから 分からないじゃない? 津波に流されたかも…って、 泣いてる同期の子もいたのよ。」 「ご心配おかけしました。」 「でも、 災い転じて福になったわね。」 震災前に 出品していた 社内デザインコンクールで 由紀の作品が入賞し、 念願のデザイン部門に 配置転換になったのだ。 経理部門での仕事を片付け、 引き継ぎ、 デザイン企画室に移る。 出社早々、 忙しい日々となった。 しかし、念願の ジュエリーデザイナーに なったものの… 仙台でのことを 思い出すと (こんな事をしていて、 いいのだろうか もっと、 やらなければ いけないことがあるのでは…?) という思いがぬぐいきれなかった。 「由紀ちゃ~ん、 念願のデザイナーに昇格した割には、 冴えない顔して… 早くも、スランプ?」 「そうでは、ないんですけど…」 デスクの上のデッサンを見て、 「ふ・ん、スランプではなさそうね。 皆、素敵なデザインだわ。 これなんか、私が欲しいかも。 価格によるけどね。 ねぇ、今夜、久しぶりに、どう?」 「あ、はい…」 というわけで、 久しぶりに眞紀子と 飲みに行くことになった。 「彼氏君は、どうしてるの~? 日本に来たんでしょ。」 「はい、 日本の復興の役に立ちたいと 会社に、 出向か派遣で行けないか 打診したんですけど。 日本との取引実績がなくて無理で。 でも、大学の成績は良かったので 就労ビザは、出たんです。 被災地の復興ボランティアしながら、 面接を受けてたんですけど、 中々決まらなくて…。 でも、ある時 ボランティア中に声かけられて、 “学生さん?”って。 で、事情を話したら “良かったらうちに来ないか”って 小さい建設会社の社長さんだったらしくて。 今は、あちこち 忙しく飛び回ってます。」 「そっかぁ~、 だから、なおさら、ね。 ま、いいや。 今度の、土日空けてくれない?」 「あ、はい。 特に予定もないので、大丈夫ですけど…」 「由紀ちゃん、 昔コーラスやってたんだよね。」 「はい、中・高・大とずっと。 社会人になってからは、 すっかり、ご無沙汰ですけど…」 「私、 復興支援コンサートの裏方やってんの。 土曜日が打ち合わせとリハで、 日曜日本番だから、 よろしくね。」 「しばらく歌ってないから、 大丈夫かな?」 「大丈夫、大丈夫。 そんなに難しい曲じゃないし、 皆と歌ったりとか そういうのだから。 一応、楽譜と曲のCDね。 ソプラノでも、アルトでも、 やりやすいほうでいいわよ。 CDには、両方のパートが音取り用に入ってるから。」 そして、土曜日 とある集会所に集合 打ち合わせとリハをした。 「由紀さん、アルトいけるね。 助かるわ。 どうしても、アルト足らなくてね。 よろしく。」 「こちらこそ、よろしくお願いします。 あの、衣装は…」 「普段着でもいいんだけど、 できれば、 黒か紺のロングスカートに、 白ブラウスで統一したいのよね。 持ってるかしら?」 「もちろん! コーラスの定番衣装なので。」 日曜日 8時に集合し バスで出発 福島の小学校に 向かった。 声出し、リハの後 昼食を取り 着替え。 その間に、 会場には、 パイプ椅子が並べられた。 少し高い簡易ステージも 設けられていた。 コンサートが始まった。 何曲か歌った後、 誰でも知っている曲の 歌詞カードを渡し 会場の人たちと、 一緒に歌った。 さらに、数曲歌い 最後に 小学生が お礼にと 校歌を歌って コンサートは終わった。 着替えてから会場を片付け バスに乗り込み 東京へと帰っていく 帰りの隣は 眞紀子先輩だった。 「由紀ちゃん、お疲れ。 どうだった?」 「久しぶりで疲れましたけど 歌うのはやっぱり楽しかったです。 声を出すのは、気持いいですね。」 「なら、良かった。」 「あんなに歓迎されるとは、 思ってませんでした。 まだ、復興で忙しいでしょうに ずいぶん集まりましたね。」 「何処へ行っても、 皆待ってんのよ。 “人は、パンのみに生くるにあらず” って、毎回実感する。 とりあえず、 衣食住が確保されても、 人には、文化とか芸術とかお笑いとか “余白”が必要なのよ。 音楽もアクセサリーも化粧も それでお腹が膨れるわけじゃないけど、 必要なのよ。 わかった?由紀ちゃん。」 「それで、 誘ってくださったんですね。」 「まあね。 由紀ちゃんは真面目だからさ、 今、宝石なんて必要なんだろうか? デザインなんかしてていいのかしら?って、悩んでるんだろうな、と 思ってさ。 もう少し落ち着いたらね、 思い出のアクセサリーを修理して欲しいとか、 そういう要望がきっと出てくる と、私は思ってる。 その時のために、 デザインの腕を 磨いておくことも大事だし、 店舗に出て、 お客様と直に触れて どういう物を欲しているのかを 知ることも大事だと思うよ。」 「はい。 先輩色々アドバイス ありがとうございます。」 「なんの、なんの。 眞紀子さんは、 千里眼だからさ、 由紀ちゃんのお悩みが 見えちゃったら、 ほっとけなくて… お礼は…イケメン彼氏を 拝ませてもらうだけだ負けとくわ」 「は、はぁ…。 最近、彼忙しくて…」 「冗談、冗談よ。」 数年後、 由紀は、 販売アドバイザー、 メンテナンスサポーターとして 子会社に出向 仙台勤務となる。
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