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財布
僕がティースプーンでクルクルと角砂糖を溶かしている間、彼女は髪型や服装をいそいそと整えていた。
制服を着ていないところを見ると、今日はシフトの日ではないらしい。
ティースプーンを上げ、カップの後ろに音を立てないようにして置く。
「そ、それ…マナーとして正しいって、マスターが感心してたよ。アオ君ていいとこ育ちなの?」
変化を覚えた。今まで彼女がおしゃべりするのは、彼女自身に関する事ばかりだったのに、僕に質問をしてきた。名前を聞かれた馴れ初めの時以来の、プライベートな事…さて、どうしたものか。
「あー…、答えたくなかったらいいの。ごめんね。え、プリンあるじゃない。うそ、これ私の為に?ありがとう、覚えててくれたんだ。うれしい」
答えない僕に対して、彼女は気まずそうにうつむいたが、プリンで気を持ち直した。
そのあとすぐに、慌てたように彼女がバッグから財布を取り出したものだから、僕は少し前のめりになって財布を開こうとする手を止めた。
「ひゅっ」と彼女から妙な声が聞こえたが気にせず、僕はただ首を横に振った。
「そそそ、そんな、悪いよ。私が勝手にここで待ってただけなのに奢ってもらっちゃうだなんて」
眉を八の字にして、メイクの加減かも知れないが彼女の頬は少し紅潮しているように見えた。僕はこの時になって初めて彼女の目をまっすぐかつしっかり見て、もう一度首を横に振った。
彼女はコクコクと頷いて、財布をバッグへ片付けてくれた。それを機に、僕は彼女から目を逸らした。彼女は肩で外ハネしている髪を指でクルクルといじって、どこか落ち着かない様子を見せるようになった。
「あのね…?」
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