億日紅

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秋。 彼女の研究結果が報告された。 テロメアを自由に伸長させ、生物の細胞分裂の回数限界を克服したという。 試験管内での成功率は95%を超えた。 複数の動物実験でも成功。 北館の私にも、彼女の報告は届いた。 「報告、見ました。  おめでとう」 廊下ですれ違った彼女にそう言うと。 「ヨハネも、  思考制御のモデルはほぼ完成したと。  おめでとう」 その笑みは挑戦的で、どちらが先に実現するか勝負しようと言った数ヶ月前のことを、まだ覚えているらしい。 私はその勝負を受けたつもりはないのだが。 「全国各地に、  あなたの桜が植えられていると聞きました。   数年後には、  満開の桜を年中見られる名所ができそうだと」 「あんなもの、  慰みになどならないでしょうに」 笑みが霧散する。 「一億日咲き続ける花など、  増やすだけ増やして、  その後どうするつもりなのか」 「ウィキラ?」 「これもある意味、実験ですね」 その時、彼女の後ろから小さな影が駆けてくるのが見えた。 「その子は…」 走ってきた10歳前後の少年が、彼女の白衣にとりついてポケットを漁っている。 「この子はアトヤ。  助手ですよ」 ポンと頭に手を置く。 助手ならすでに優秀な大人が何人もいる。 こんな子どもを助手にする意味などない。 視線に気づいた少年は、じろりと睨む。 私は自分のポケットを探って、手のひらサイズの電子端末を取り出してみせた。 「数字を言ってごらん。  次の数を答えるよ」 端末のマイクに向かって、いち、と言うと。 『ニ、サン』 端末から電子音が続きを数える。 「し、ご、ろく」 『ナナ』 端末を差し出す。 彼は受け取ると。 「はち」 『キュウ』 嬉しそうに笑って。 パッと再び駆け出した。 まだ幼く、礼儀も知らない。 助手というのはやはり嘘だろう。 「あの包帯は。  走って大丈夫なのですか?」 彼の頭部を大きく覆う包帯。 「大丈夫。  あれは手術のあとです」 「手術?」 中庭に駆け出す少年を見つめる。 秋も深まる頃だというのに、薄紅は変わらず咲き誇る。 「孤児院から引き取ったんです。  あの子は、死にたいと言ったので」 戦災孤児だろうか。 「あなたらしくない」 そもそも研究以外のことに時間を費やしていること自体が彼女らしくない。 「あなたがいつだったか、  言っていたことを思い出したのですよ。  永遠に生き続けるなど、  死んでいるのと同じだと」 満開の桜の木の下で。 不老不死を追求する彼女に。 「だから望み通り、  “死なせて”あげました」 言葉を飲み込んだのを、吐き出せない。 「いよいよ国が成果を急ぎ始めています。  あなたの部署も言われているでしょう。  夢物語はいいから、早く実用化しろと」 その通りだ。 21世紀の終わり、刹那的な快楽に人々が溺れた時代を経て、100年後。 再び、悠久の平穏を求める時代が来ていた。 不老不死は、その最終到達地点。 遺伝子操作による不老不死が先か、全機械化による不老不死が先か。 北館でも、人の心の再現度はまだまだだが、予算を切られるわけにはいかない。 「プログラムは未完成ですが、  試験機をいくつか作っています」 「うちもそう」 少年を見る。 そう、とは。 「勝手に被験者をあてがわれるくらいなら、  呪いをかける相手は自分で選びたかった」 不老不死の。 「人体実験を、したのですか」 「あの桜と同じです」 一億日の花。 永遠の生命を。 あんな小さな子どもに。 「だから…」 だからあなたが嫌いなのだ。 人の命を弄ぶ。 それだけの力を得てしまうあなたが嫌いなのだ。
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