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10歳だったアトヤが16歳になる頃に、ようやく私の研究はひとつの形を得た。
「アトヤ、こんにちは」
「ライトハウス先生」
中庭の、桜の下。
花は変わらず咲いている。
一度も散ることなく。
季節はさらに6巡し、夏の終わり。
朝晩は涼しくなってきた。
日中の暑い外気が名残惜しい。
花の香りは、変わらない。
「今日は静かですね」
正門前には毎日、生命倫理デモが展開される。
反戦デモも合流することが多い。
「雲が流れるのを見てた。
飛行機が何機も横切っていった」
そのうちいくつが偵察機だろうか。
「そうですか」
名ばかりの助手の彼は、こうしてよく南館を抜け出して、中庭の芝生に寝そべっていた。
彼の体調が気になる私は、窓から彼の姿が見えると、声をかけにいった。
「先生、
精神活動の完全投写ができたってほんと?」
「ええ、ようやく」
持っていたタブレット型端末を彼に渡す。
「これは?」
「話しかけてみて」
初めて会った時も、こんなことをしたっけ。
「…こんにちは」
『こんにちは、アトヤ』
端末が返事をする。
アトヤは私をパッと見た。
「私の人格と全記憶をコピーしたプログラムです」
「すごい…名前は?」
『イオアン・ライトハウスです』
笑い声を上げる。
「何歳?」
『ライトハウス博士は38歳2ヶ月ですが、
私は博士に作られてから27時間』
「完全自立型アンドロイドは、
いつできるの?」
『機械工学部門はもう完成しているので、
プログラムに所定の人格を設定すれば、
完成です』
アトヤは笑い、さらに質問する。
初めて会った時は文字も読めなかったのに、目覚ましい成長だ。
「結局、勝負はライトハウス先生の勝ち?」
『勝負?』
「ウィキラが言っていた。
不老不死と機械人間、
どちらが先に作れるか競っているって」
端末は、口をつぐんでしまった。
芝生に寝転ぶアトヤと目があった。
不老不死の人間は、もうすでにできてるのかもしれないのだ。
目の前に。
「…そういえば、
そんな話をしたこともあったっけ。
すっかり忘れていました」
目を、意味もなく桜に向ける。
「…俺、本当にこの桜と同じなの?」
私の視線を追って。
目を向ける。
満開のまま、時を止めた桜。
『同じテロメア伸長処置を受けています』
「この花は散らないけど、
俺は髪も爪も伸びるし、
背も伸びてる。
ウィキラは初めて会った時、
死人と同じになるって言ったけど…」
最近声変わりが始まったようだし、顔つきも変わってきた。
知識も増えたし、表情も豊かになった。
彼は。
紛れもなく生きている。
『私にも、あなたは生きて見えます』
実験は、失敗しているかもしれない。
そう願ってやまない。
「ありがとう」
端末に笑いかけた。
その、数日後だった。
第一被験者が死んだという知らせがあったのは。
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