億日紅

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「死んだなんて、嘘でしょう?」 南館に乗り込んで、彼女を問い詰める。 自分から来たのは初めてだ。 アトヤに会う時でさえ、彼が中庭に来るのを待っていた。 「残念ながら」 「遺体を見せてください」 「火葬しました」 「解剖は?  被験者だったのなら、  冷凍保存でもホルマリン漬けでもして、  保存しておくはずでしょう。  なぜ嘘をつくんです」 彼女はようやく、私の目を見た。 「なぜだと思いますか」 間に研究員と助手が割って入る。 「被験者の死亡について、  中央庁から審問官が来るそうです。  主任研究員以上は全員、  東館第一講堂へ」 助手に引っ張られ、ウィキラから離れる。 「行きましょう」 振り返ると、彼女は中庭へ向かおうとしていたが。 「ウィキラ・テトラ博士。  あなたも召集されています」 少し間をおいて頷いた彼女は、どんな表情をしていたのだろう。 各課の研究責任者たちが集められると、最後に審問官が入ってくる。 軍人だ。 なぜかは分からないが、そう直感した。 彼は国家の危機に瀕し研究の重要性が増していると、くどくど言い含め、そしてウィキラの不老不死研究に言い及ぶ。 「被験者はなぜ死亡した?」 北館の研究責任者が顔を青くしながら、専門用語を次々に並べ立てて、でも肝心の結論は言わない。 ウィキラは、末席でまっすぐ前を向いて座っているだけだ。 彼女は今でも一研究員にすぎない。 研究所が、そして国が、彼女にはなんの責任も課さずにきたということ。 「少しよろしいですか?」 北館の研究課長、私の直属の上司が、同輩の南館課長を庇って発言する。 「どうも私は生命科学は門外漢なので、  結論だけを言うと、どうなのですか?  第一被験者は、不老不死となっていたのですか?」 その問いに、ウィキラが視線を動かす。 南棟の主任研究員たちは、より一層顔を強張らせる。 彼女がこの場で何をしでかすかも統制できないらしい。 「…!不老不死ではなかったようです」 彼女が何か言うより先に、私が答えていた。 全員が私を見る。 彼女も。 制止される前に、早口に捲し立てる。 「彼は処置を受けた時10歳でした。  6年が経過し、  身体的にも精神的も明らかに成長しています」 ポケットから端末を取り出す。 『“博士と博士のコピーのアンドロイドは、  どっちが賢いの?  電子脳演算や感情制御が働くから、  やっぱりコピーの方が賢いんじゃない?  どのくらいの差が出るの?”』 つい5日前の録画。 大人びた、掠れ声。 「これが10歳に見えますか?  実験は失敗だったのでしょう。  二次性徴も始まりかけていました。  被験者の死亡は、  無理やり成長を止めようとしたせいなのでは?  私たち研究者全員の倫理欠如と、  怠慢のせいで起こったのではないですか」   所長に問いかける口調で、審問官に訴えていた。 失敗だと。 我々全員の責任だと。 これ以上追求するなと。 意図を察した所長と課長が、同意を示す。 審問官も、心情的には納得しかけているようだった。 科学的根拠は、後で報告すればいい。 その時。 ウィキラが笑った。 審問官が、末席の彼女を見る。 「アトヤは成功しました」 だから嫌いなのだ。 私の意図を分かっていながら、決してその通りにしてくれない。
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