億日紅

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アトヤは成功だった。 彼女の言葉に、審問官は首を傾げる。 「成長していたのなら、  不老ではないし、  結局死んだのなら不死でもない。  失敗では?」 「咲かない苗でいいのですか?」 彼女はせせら笑う。 「身体的にも精神的にも、  能力が最大となるまでは、  成長し続けさせるつもりでした。  計画通りです。  採取した細胞の観察から、  テロメアの伸長は確認できており、  成功した被験者でした」 「ではなぜ死亡した」 「その死亡報告書は嘘です」 「どういうことだ」 審問官の声は険しくなる。 「死んだことにして見逃して頂こうと、  そう思って書いた虚偽の報告書です。  私の技術は、  この国に幸福をもたらさないでしょうから、  この研究は終わりにしたかったのです」 一研究員が言うことではない。 でも。 彼女はウィキラ・テトラだ。 「私の桜は、今どうなっていますか?」 中庭の桜のことではない。 それはこの場の全員が分かっていた。 「不用意に増やした億日紅は、  今、  人の手で焼き払われているではないですか」 6年前に国中に作られた億日紅の並木道。 3年前から開花し始めたが、そのうちの半数は花をつける前にすでに切り倒され、開花した半数も咲きながら焼かれた。 億日紅は、すでに死に絶えていた。 これも実験だと言ったのは、このことか。 「桜も、ヒトも、同じですよ。  権力を誇示するのに利用して、  用が済めば邪魔になって殺すでしょう」 うんざりだと。 眼を閉じる。 「だから死を偽装して…」 「ええ、国外に逃しました」 「他国に技術を流出させただと!」 審問官が詰め寄る。 失敗していてくれたらよかった。 怠慢と管理不行き届きで全員が処罰されるだけで済んだなら、どんなによかったか。 成功していた被験者を故意に逃したとなれば、研究所自体が罪に問われることはない。 彼女だけが。 「あなたは反逆罪で処刑される」 「分かっています」 彼女は笑った。 「アトヤは見つけられない。  この国も、どの国も」 顔を変えたか。 それ以外もだろう。 「ヨハネ、あとを頼みます」 「あとって何です。  なぜ私に」 笑って。 眼を開ける。 「ニンゲンが、死んだあとです」 まさか。 「これから100年の間に、  ヒトは億日紅の二の舞を演じるでしょう。  でも、あなたの機械人間なら、  その先も生き続ける。  あなたが見届けてください」 だからあなたが嫌いなのだ。 ひとり、先を駆けていく。 重い荷物を私に押し付けて。 戻れない道を行ってしまうのだ。
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