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邂逅
猫は わが家をまもる精霊、
その帝国の すべてを
裁き、治め、鼓舞する。
これは妖精か、または神か。
ボードレール(白凰社/佐藤朔訳)
二十二年連れ添った猫を亡くし、永遠とも思える長い喪失感を味わいつくした末に残ったのは、猫への感謝の気持ちだった。
それから、猫のために何か出来ないかと模索した結果、金(寄付)と時間(ボランティア)が求められているものだとわかったが、それは今の自分には本当に僅かにしか捧げられないもので。
ならば、例え一匹でもいい、自分の手で幸せにする方がよいのではないか。
トータルで見れば、それなりの額の寄付、世話をする時間に匹敵するはずだ。
っていうか、人生のほとんどを猫のいる家で過ごしてきたから猫がいないのほんとに寂しい!辛い!
要するに、猫と暮らしたいという話である。
浦倉歩人は、最寄りの動物愛護施設にウェブサイト上から見学を申し込んだ。
高齢の子か、キャリア(※猫エイズのウィルスを持ち、未発症の猫)の子なら紹介できますという返事が来る。もちろん、二つ返事でオーケーだ。
ただ、今まで出会った猫たちは、兄弟が拾ってきたものや、親猫が家の軒下で産んで置き去りにした猫など、偶然の出会いばかりだったから、選ぶという行為に抵抗はあった。
命を選別するなんて、傲慢な行為だと、浦倉は思うのである。
とはいえ、全猫を連れて帰るわけにもいかないので、一応、施設のウェブサイトの里親募集のページは確認しておいた。
当日は快晴で、少し暑いくらいだったが、気持ちのいい日だった。
スタッフの人に、譲渡できる猫を紹介してもらっていく。
浦倉は、一緒に暮らしていた猫以外の猫に触れること自体が久しぶりで、知らない人の訪れにストレスを与えているのではと恐々だったが、懐っこい子も多く、膝に乗られて感涙に咽んだ。
猫といえば、要求のある時以外は人間のことなどシカトしている生き物かと思っていたが、随分と鳴いてアピールしてくる猫が多いのが珍しく、おやつでも欲しいのでしょうかと尋ねると、スタッフの女性は「構って欲しいんだと思います」と教えてくれる。
そんなことを言われては、ますます選べそうもない。
「(俺が……っ俺が全員構い倒してやる……!)」
……とはやはりいかないので、浦倉は涙目で困り果てた。
大体見たかなというところで、最後から2番目に黒猫を紹介された。
十一歳と、もう高齢と呼べる年で、恐らく、あまりアグレッシブに行くなという忠告だろう、「見学が苦手で、怖がって失禁したこともある子なんです」と教えてもらう。
しかし、こちらを見て鳴く邪悪な声には、どちらかというと気を引くような響きを感じた。
ころりと床に転がり、エアふみふみをしている。
触ってもいいかいと声をかけて、撫でても、逃げたり嫌がったりしなかった。
浦倉は、ぎゅっと胸をおさえた。
「今にして思えば、それって俺だったからなんじゃね!?俺たち出会う運命だったんじゃね!?って思ってさー!」
夕食中、米粒を飛ばす勢いで力説する浦倉を、同居人が呆れ果てた目で見る。
「うんうん。もうこの話は何回も聞いたよ。飽きたよ」
「ホイエルがその施設で保護されていたことも…全ては俺と輪廻うための運命…!」
「あの、話聞いてくれる?」
いやあ、本当に、毎日愛猫の話しかしなくて申し訳ない!
「どの子か、決められましたか?」
見学を終え、運命の選択を迫られる。
猫は可愛い。どう考えても全部くださいと言いたい。
だが、そもそも自分は、何のためにこの場所に来たのか。
猫への恩返しのためだ。
少しでも、猫のために、猫のために頑張る人の力になりたいと思ったからだ。
浦倉は、もしかしたら失礼な考え方かもしれないですけどと前置きして、正直な気持ちを伝えた。
「できれば、貰われにくそうな子をにしたいです」
やはり病気の子と高齢の子が……という話で、もう決まったようなものだった。
あの黒猫の後、最後に見せてもらった猫も高齢だったのだが、ケージを開けるとこちらへ飛んできて、可愛くアピールできるとても懐っこい性格のようだったから、あの子は大丈夫なような気がした。
正直、二十二年間連れ添った猫が黒猫だったので、黒猫への思慕を抱きながらも、重ねたくなくて黒猫は避けたかったのだが、どうやら浦倉は、黒猫からは逃れられないらしい。
「ギャーッ!」
「おっと、主役の登場だ」
呼び声に、回想を打ち切り見上げれば、階段の中程で黒い毛玉がこちらを見ている。
「ホイエル、おいで。一緒に夕食にしよう!」
「ンギニャーッ!クルゥ…ギャ〜〜ッ!」
「フフ……ホイエルのホラー感溢れる邪悪な声はかわいいなあ」
走ってきたところを、抱き上げて頬擦りすると「ギャッ」と鳴く。
無限に可愛い生き物だ。
「猫の鳴き声かなこれ」
やれやれと肩をすくめる同居人は無視しよう。
結局のところ、恩を返すどころかまたずっと幸せをもらい続けている。
やがて浦倉が年を取り、自分の面倒すらみられなくなる日が来るまでは、人間の最良の相棒たり得るこの愛らしい生き物と、生きていきたいと思うのだった。
終
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