わたしのお迎えで

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**    半年前、母から「車買い替えようと思って」と言われた。  車椅子を後ろに乗せて運転するタイプ、あれにしようと思うんだけど、市内の中古専門店に見に行きたいから、一緒に来て。  そう言われた。  それまで母が乗っていた軽四は、もう十年も買い替えていなくて、大事にされてはいたけれど、あちこちにガタが来ていた。  買い替え時だし、母が見たいというその中古専門店も夏のセール中だし、いいんじゃないの、と、わたしは思った。  車椅子が乗るタイプの軽は、そう数はなかった。結構値が張るんだねえ、と言いながらも、すんなりと決めた。銀色の塗装で、丸っぽい輪郭をしていて、これならゆったりと運転できそうだった。    担当社員から説明を聞いて、支払いの話になった時、さっと母の前から紙を取り上げて、「一括で」と、わたしは答えた。  最初から、全額わたしが出す気でいた。  大丈夫だよ、あんただってお金いるじゃないの、と、ごちゃごちゃ横で言われたが、一切無視した。だいたいこれくらいだろうと見当をつけてお金を下ろしてきていたので、その場で払うことができた。  社員さんは目を丸くしたが、「ありがとうございます」と言い、領収書を作りに立った。  一方母は、鬼のような顔をしていた。  「そんなつもりであんたに着いてきてもらったんじゃないよ」    わたしも引っ込むつもりはなかった。  「年金暮らしなんだから、お金は大事にしてください」  結局、母があまりにも強情なので、「それじゃあ、端数だけ出してよ」ということになった。後日、きっちり端数のお金が入った封筒を渡された。    「世の中お金なんだよ。父さんだってこれからお金かかるから、正直、アンタ出してくれたのは有難かった」  と、端数のお金を渡してくれながら、母は小声で言った。  これから、父さんにお金がかかる。  その意味することは、その時点で、うっすら分かった。時間が経つにつれ、いかに母の予想が現実に沿っているのか思い知ることになった。  熱中症で倒れて入院し、その二か月後に、父はショートステイとデイサービスを利用するようになった。  「在宅で見る限界まで待っていては、遅い」  ぼそりと母が呟いたことがあった。  すいぶん目の下のクマが濃くなっていた。もとから引きずっていた右足は、今までよりもっと痛そうになった。骨と皮のように痩せている母が、大柄な父をベッドから抱えて起こし、車椅子に移譲する。否、移譲だけではない。食事も、排泄も、すべての介助を母は、こなした。 入浴はデイサービスで入れてもらえるので、家で風呂に入ることはなかったが、それだけでも随分な救いになったのではないか。    やがて母から電話があった。  「父さん、入所させることにする」  いいね、というか、頼む、そうさせて。  母の声は乾いていた。涙を乗り越えた声をしていた。  弟には言ったの、と聞いたら、まだだよ、まずアンタに言ってからだと思ったから、と母は言った。  弟は最初は反対したらしい。  特養のイメージは、決して明るいものではないのだ。遠方で暮らすようになって久しい弟にとって、父は、昔の強くて頑固で仕事をばりばりこなす厳しい人のままなのだ。  「エッ、だって、デイとかショートとか使ってるんでしょ、それでいいじゃん」  と、弟は言ったが、母が現状を説明したのと、わたしから色々言ったのとで、納得できないながらも理解はしたらしい。  「まあ、俺は反対できんからね。大変な思いしてるのは、母さんだから」  と、弟は最終的には認めた。    父は、自分がもう家に住むことがないことを知らないまま、特養に送られた。  その時父を迎えに来たのは、施設の送迎車だった。  「送るって言ったんだよ」  母は言った。  「いいじゃない、無理して送ることないよ」  わたしは答えた。    父が施設に送られ、居室に寝かされてから、母とわたしは自家用車で施設に向かった。必要な品物を揃え、色々な書類を書くために。  その時、母はわたしの車の助手席に座り、無言でうつむいていた。ずいぶん、やつれた顔をしていた。
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