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父を施設に入れる時、母はわたしに先に相談した。
なぜ、車は弟にだけ言ったんだろう。
母がてきぱきと家事をし出すので「なんか行きたいとこあったら、電話しられよ」と強く念押ししておいた。それからわたしは、実家を出て自分の家に戻ってゆく。
夕飯の買い物。子供の学校に必要な筆記用品とか。
ああ、支払いしなくてはならないものもあったんだっけ。
実家を出て車を走らせながら、色々な用事が頭の中を回り始める。
さっきまで、じわじわ泣きそうだったのが、現実に向かうとすうっと引っ込んでしまう。
わたしは行き来する。自分の人生と、実家と。
それがいつまで続くかは、誰にも分からないのだけど、少なくとも現時点でわたしは、それを嫌だとは思っていないのだった。
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今すぐには無理でも、いつか、父が外泊できることがあるとして。
わたしが迎えに行こう。その時にはちゃんと、新しい福祉車両を用意しておく。助手席には母を乗せ、「介護士さんに迷惑かけとるんだろー」とか言いながら、仏頂面の父を後ろに乗せる。
きっと母は、手土産を介護士さんに渡す。必要以上にぺこぺこしながら。
手土産は、多分、おかきだろう。
父が好んで食べた、あのお店。
そこに母を連れて行き、どれにするのか選ばせて、菓子のお金も、煩く言われながらも、わたしが出すのだ。
母が乗ることはない車。
でも、わたしはまだまだ、乗り続ける。
ぽつっ。
みぞれが車に落ちる。
(みんな元気でいて頂戴よ)
フロントガラスから見上げた空は曇っていたが、西のほうが薄っすら淡く、晴れていた。
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