第三十七話:魔犬は吠え、孤狼は目覚める

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「男」は、改めて周りを確認する。 周囲は、完全に囲まれていた。 あの「教団」が有する戦力、ラストバタリオン(最後の大隊)の主力機であるエルシュナイデ。 己の搭乗する、リペアにリペアを重ね続け、とうに耐久限界など超えているレイブンMk‐Ⅱとは性能差は雲泥である。 幸い、パイロットどうしのスペックは「男」の側が全てにおいて勝っているため、奴らの猛追をかわし続けてきたが、それももう限界だろう。 『総員、陣形を組み直せ。総攻撃を仕掛けるぞ。』 ラストバタリオンらの空気が、重く、厚く変化してゆく。 止めを刺しにくる気なのだろう。 91機。 気の遠くなるような思いをして、ようやくこれだけ墜とせたが、敵はまだ多く、更に増援も控えている。 状況は、最悪どころではない。 既に詰んでいるのだ。 ここが、今が、己の死に場所。 それを悟った「男」は、久方ぶりに。 本当に久方ぶりに、小さく笑った。 そして、レイブンMk‐Ⅱは背後の朽ちかけた軍事基地へ。 正確には、その軍事基地の内部に隠した、「希望」の欠片へ意識を向けた。 ここの位置情報は、仲間達へと報せてある。 合流まで、あと10分程度という返事も返ってきていた。 つまり、およそ600秒、己が命の灯を燃やしつくし、この場を守りきればいい。 自分は、確かに死ぬだろうが、その「意思」は受け継がれていくだろう。 奴ら、「教団」の言う「正しき死」とは一線を画する死生観が、沸々と「男」の内に「何か」を湧き上がらせる。 その「何か」とは、「勇気」に他ならなかった。 『ゆけ!!信徒達よ!!』 号令と共に、怒号が。 そして、銃声が轟く。 『 』 「男」もまた、吼えた。 爆音にかき消されるとわかっていても、腹の底から、声の限り、命の限り。 繰り返す。 ラストバタリオンのエルシュナイデ隊と、「男」のレイブンMk‐Ⅱでは、前者が圧倒的に有利であり、ぶつかり合ったなら十中八九勝利は揺るがない。 それでも、4分間。 その240秒の間、ラストバタリオンは、更に20機に及ぶ撃墜を許してしまう。 刀折れ、矢は尽き、満身創痍、疲労困憊だったレイブンMk‐Ⅱと「男」を相手に、100機以上ものエルシュナイデを失ってしまったのである。 そして。 両手足を失い、装甲板のほとんどを失い、頭部の半分を吹き飛ばされたレイブンMk‐Ⅱは、ようやく動きを停めた。 コックピット内部より、生命反応は見られない。
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