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とん、とんと足音がした。 もう日が昇っていた。 淳はほんの数センチ高いだけの玄関の上がり口にお尻をつけて、膝を抱えて玄関のドアを見つめていた。 「…………淳?」 ベッドは空で。 リビングの淳のバッグも無い。 帰ったと思っていたのだろう。 その声は驚いた様に淳を呼んだ。 お尻の横に手をついて、淳は立ちあがった。 同じ姿勢で座り続けていたから、痺れて感覚がおかしい、お尻がジンジンする。 覚悟は出来た。 松山の足音を聞くまでに、心を決めたから。 「柊司さん、話したい事があるんです」 振り返って微笑んだ。 お互い寝不足の少し赤い目をして、ソファーに並んで座った。 淳が話し出す前に、松山は少し待ってと二階からブランケットを持って降りてきて、淳の肩にかけてくれた。 まだ少し朝晩は冷える。 抱き寄せて温められない松山の心情と優しさを二つ感じて胸が苦しくなった。 「……柊司さんに、話すのが怖くて、ずっと考えてました」 そう切り出すと松山はじっと淳の目を見つめた。 もう逃げないと決めた淳は、その目を真っ直ぐ見つめ返す。 「どうして、柊司さんが悲しいのか分からなかったから」 これから話す事を最後まで聞いてもらう為に、 「叱責は全部後で受け止めます。最後まで聞いてくれますか?」 もしかしたら、そうする気が起きないくらい嫌われるかもしれない。 「……わかった。話して」 怖かった。 すごく。 でも、今しかない。 「お母様に会いに行きました」 そう話し初めて、やっぱりずっと松山と目を合わせているのが怖くて。 淳は松山の喉仏を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。 「お母様とお父様は、愛し合っています、今も」 和史の奥さんの名は菜摘さんという。 「大学時代に御付き合いしていました、菜摘さんより先に、恋人同士だったんです」 自分の認識と違う事に松山は目を眇めて。 でも、そんなはずは無いと淳の話を遮りはしなかった。 「でも、親同士の付き合いで菜摘さんの御家族と別荘に泊まりに行った夜、お父様の不注意で火事を出して …菜摘さんのご両親が亡くなったんです」 菜摘は子供の頃から身体が弱く、心臓を庇うためにその頃は車椅子だった。 火事に気付き、菜摘と車椅子を運んだ時にはもう、 発生場所だった浴室の真上に寝ていた菜摘の両親は救えなかった。
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