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店内を覗いて、淳はホッと息を着いた。
(良かった、今日は居ない)
その店主はカウンターの内側で氷を砕いていた。
手の平いっぱいの氷をアイスピックでカツカツと突く音を止めずに、返事が返ってくる。
「ご苦労さま」
淳はいつも、数本の納品ならばカウンターの一番端に置いてしまう。
伝票の端をその瓶で押さえてから、もう一度声をかけた。
「…では、失礼しまーす」
「どうも」
その間、店主の松山柊司は一度も淳を見なかった。
しかし、その横顔の口元はちゃんと微笑みの形に固定されている。
うん、別に嫌な人ではない。
むしろ、若い女性は放って置かないだろうスタイルと、無駄に甘く整った顔面は一見の価値があると思う。
かく言う淳も、初めの頃は眼福と配達を楽しみにしていたのだ。
清潔そうなシャツと、長い足をこれみよがしに際立たせている質の良さそうなパンツ。
柔らかな低音の声と、言葉の前に一拍ある落ち着いた物言いも好ましかった。
……のだが。
彼にはそれを差し引いても苦手になってしまう原因があった。
ここに配達をする様になってからまだ数ヶ月。
さらに毎日でもない。
なのにその間に三回、淳は松山がここで女性と親密な雰囲気になっている所を目撃していた。
一度目はカウンターの外のスツールで、女性が松山と並んで座り、めっちゃくちゃ女の顔で彼の頬に触れていた。
二度目はカウンターの内側の松山のシャツの襟を掴み、女性がカウンターに乗り上げる様にしてまさにキスする寸前だった。
短いスカートだった女性の下着がちらっと見えてゲンナリした。
三度目は、今日みたいに氷を割る松山の背後から胸に手を回しビッタリへばりつく女性と目が合った。
それだけなら、うんまぁ、タイミング悪くてごめんよー。で済んだかもしれない。
問題はその相手が毎回違う事だった。
なんと破廉恥で軽薄な男だ。
女の敵!
てか、そんな事してるなら鍵を閉めておいてよ!
…である。
淳は扉を開ける度にいらない心配をしなくてはいけないのだ。
ちょっとしたストレスになっている。
毎回、邪魔よと知りもしない女性から冷たい視線を向けられるこっちの身にもなって欲しい。
せめて店でなく、家でやれないものか。
とにかく、そんな感じでここへの配達が苦手なのだ。
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