穏やかな毎日

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「淳!」 バイクに戻り、一度帰ってもうひと仕事とヘルメットに手をかけた時。 すぐ隣のドアがガラガラと開く音がして、名前を呼ばれた。 誰の声かなんて見なくても分かる。 「朝持ってったよー、おじちゃんに」 その扉の焼き鳥屋も配達先、今日は朝イチで配達を終えた店だ。 「知ってる、昼飯食ってけよ。今日の賄いお前の好きなアレだから」 頭に紺色の手拭いを巻き、首にタオルを巻いた幼馴染みの昂大(こうだい)が暑そうに眉を顰めて入口から出てくる。 奥二重のいつも面倒くさそうな目と、そこそこ整ったパーツ。 後輩にはよくモテていた。 背だってみるみる伸びて、肩幅も広くなり。 いつの間にかかけっこでも、ドッチボールでもかなわなくなった。 黙々と仕事をこなす、勤勉な幼馴染みの黒いTシャツは汗で白く粉を吹いていた。 「おつかれ、それ包めない?この後時間指定なんだー、よっちゃん今日、二駅先のラーメン食べに行くから時間ないって」 よっちゃんと言うのは、ふた筋向こうの居酒屋さんのおじちゃんで。 昂大共々子供の頃から可愛がって貰っていお得意様だ。 「ん、待ってろちょうど揚げたて」 昂大とは幼稚園からの腐れ縁だ。 小、中、高と一緒で、淳が家を出るまでほぼセットで一緒に居た。 「ありがと、あ、昂大」 「どした?」 さっさと入口に踵を返していた昂大が振り返る。 淳はバイクの荷台から二つ缶を取りだした。 「新製品のビール、あげる」 「サンキュ、あれ?それ親父に渡したろ?」 確かに、朝もう手渡した物だ。 「うん、昂大にオマケ」 本当は今しがたのお隣に置いてくる物だったけれど。 真剣に氷を砕いていたし。 店に帰ればまだ在庫はある。 何となく手を止めさせて会話をするのはどうかと、今日は渡さずにいた物だった。 そもそも、お隣から()ビールの注文は無い。 なんなら持って行かなくてもいいのだ。 「ラッキー」 昂大が片手で二本のビールをいっぺんに淳の手から取り上げて笑う。 「とり天?」 「うん、丼にしとくか?」 「うん!」 昂大とはお互い大抵の事はわかる間柄だ。 幼稚園から一緒の腐れ縁。 「ああ、今日紗奈(さな)飲みにくるらしいぞ」 「そうなの、LI*E開いてなかったや」 「お前も来れそうだったら来いよ」 「うん」 昂大は直ぐに使い捨て容器にとり天の丼を作って持ってきてくれた、ちいさな烏龍茶の缶も付いていた。 お礼を言って、淳はまたバイクに跨る。 「焦ってコケんなよ」 「はいはい、昂大もちゃんと何か飲みなよ?」 「おー」 今日は久しぶりに三人揃いそうだ。 本来ならあと一人、中高一緒のメンバーが居るのだが。 今彼は北海道の農場にいる。 以前はよく集まって騒いだ四人組も揃うのは年に一回程になってしまった。 「今日は呑むぞー」 淳は浮上したやる気にニンマリして、走りだした。
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