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「えっ、喧嘩したの?」
昂大が炭火で焼き鳥を焼く真ん前のカウンター席に着いたのは、二十時を過ぎた頃だった。
紗奈は先に着いていて、もうほろ酔いだった。
「そうなのよー、もうやだ…やっぱノリで付き合ったのが駄目だったかなぁ」
紗奈は綺麗にメイクをして、髪もツヤツヤの栗毛で。
ちゃんと女子をしている可愛い親友だ。
洗いざらしのストレートの髪と、薄いメイクの淳とは正反対。
勿論淳も会社勤めをしていた時は今より女性らしさを意識していたのだが、今は汗もかくし専らパンツスタイル。
キレイめのオフィスカジュアルの紗奈とは正反対の出で立ちだ。
「ノリねぇ…紗奈とりあえずデートしてみるタイプだもんね」
ビールで、と昂大に注文をして二杯目に口をつけた淳が笑う。
「うん、だってもしかしたら好きになれるかもしれないじゃない?」
自分も紗奈も今年で25歳、そろそろ真剣にとは思う。
思うのだけれど。
淳は恋愛という物に奥手だった。
大学生になった年の夏、淳に初めての彼が出来た。
高校時代は野球部の、がっしりした男の子。
ハキハキしてて、優しい人だった。
周りがサークルに、恋愛にと大学生活を謳歌している中で、自分もと思った。
いい人そうだし、顔を赤くして告白して貰えたし。
紗奈が言った、まさに好きになれるかもしれない…からお付き合いしたのだ。
それが失敗だと気付くまで、そう時間はかからなかった。
高校を卒業するまで、昂大、紗奈、そして今は北海道にいる誠とじゃれる様にして過ごしていた淳は、幼かった。
手を繋ぎ、小鳥の様なキスをするまでは『憧れ』の範疇だったけれど。
何度目かのデートで深くキスをされた時、違うと思った。
ちゃんと『好き』だと思えていない、『好ましい』と思っている相手に、深く求められて怖気付いた。
怖いと思った。
悪いのは自分だと分かっていても、恐怖と気持ち悪さに襲われて…自己嫌悪。
彼は、真剣に好きで求めてくれたのかすら分からない未熟な自分。
別れ話しは難航した。
彼を傷付けた罪悪感と、お付き合いには必ず付いてくるその行為を恐ろしいと思う気持ちだけが残った。
それから、恋愛はしていない。
だからだろうか、『好きになれるかもしれない』で踏み出せる紗奈を凄いなと思う。
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