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泣いてはいけない。
さっきからずっとそう思っていた。
自分には上辺しか想像出来ない松山の胸の痛み。
泣いてしまったら同情になってしまう。
可哀想だと、そんなふうに松山に伝えたくないのに。
ぎゅ、と唇をかみ締めた。
泣きたくないと、必死で込み上げる涙に抵抗した。
「……ごめん、淳」
零れかけの涙を、目尻を撫ぜた松山の指先が受け止めた。
「ごめんなさいっ」
悲しくて顔を覆った。
涙を堪えられなかった自分が悔しくて、その内側で唇を噛む。
「……もう、やめような?こんな話し」
違う。
そうじゃないのと、首を振った。
「……それで、っ...どうして、」
「うん?...うん……それでもお袋は気付かない振りをし続けた。もしかしたら、親父の気持ちが自分に向く事を願ってたのか、それとも意地だったのかは分からない」
ふ、とため息をついて、松山は続けた。
「俺が、中学の時、奥さんが妊娠したんだ」
思わず顔を上げた。
松山が苦笑して頷いた。
「俺は、要らなくなった」
喉の奥が締まって、痛くて。
息が苦しい。
「親父は、それを諦めてなかったんだな...たいした別れもせずに、お袋と俺を残して、奥さんと籍を入れたよ」
そこまで言った松山が、もう本当に終わり、と言う様に。
そっと淳の濡れた唇を塞いだ。
やるせない気持ちを打ち消す様に、それでも優しさを忘れない力加減が何度も唇を塞ぐ。
何も言わないでと、松山が訴えている気がした。
何度も何度も、松山のキスを受け止めながら...淳は松山の背中をきつく抱きしめた。
松山はどうして、整体師をしていたのか。
そして、どうして辞めてここに居るのか。
……父親を求めたのは、母親だけでは無かったんじゃないのか。
自分は要らなくなったと、簡単に口にした松山は。
本当はそれを覆したかったんじゃないのか。
「柊司さん...柊司さん、大好き」
「……」
「大好き」
「……っ、ああ、俺も」
大好きだから、泣かないで。
涙一滴、流さない松山が悲しくて。
でも、きっとずっとここで独り...泣く事さえ出来ない程耐えてきたのだ。
「大好き...柊司さん」
それしかあげられない。
「淳...ありがとう」
それなのに、松山は綺麗に微笑む。
慰めているのが、松山の方みたいに。
「……大丈夫、俺は大丈夫だよ」
悲しかったと泣かせてあげられる日は来るのだろうか。
自分に、松山が全てを委ねてただ、感情を解放させてあげられる日が来ればいいのに。
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