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「……送っていくよ」
ご飯も食べすに、淳は松山から離れられずにいた。
「……」
「明日も早いでしょう?」
頷き返すけれど、このままこの夜を独りで過ごして欲しくない。
きゅ、と抱きついて松山の胸に頬をつける。
離れたくない。
「……淳」
とても大切そうに抱いてくれる腕は、誰かを護る為に使う前に、自分を癒さないといけないのに。
「柊司さん」
「ん、何?」
綺麗で、器用で、優しい人。
「……お父さんは、何をしに来たんですか?」
「……」
「柊司さんに、何を言いに来たんですか」
松山は微笑んだまま、淳を見つめるだけで。
何も答えない。
「……柊司さん」
松山は目を閉じた。
微笑みの手前の唇が動いた。
「……整体師の店、あの人の子供が継ぎたくないんだって。ゲームクリエイターになるそうだよ?...成人祝いのワインを、頼まれた」
綺麗な松山の手が、その顔を覆った。
「……あの頃、死にものぐるいで技術を身につけても、目にも入れて貰えなかったんだ。...お前に、やろうかって……簡単に...要らなくなったから、くれるんだってさ」
初めてだった。
誰かを心から傷つけたいと思ったのは。
今どこにいるかも分からない松山の父親を見つけ出して、ズタズタに切り裂いてやりたいと思った。
「……断ったんですよ、ね?」
松山は頷いた。
「ちゃんと、言いましたか?要らないって!」
震えるほどの怒りに、大きな声を出した。
松山が顔を上げ、目を見開く。
「言いましたか!ふざけるなって!」
「……いや...」
「どうして!言ってやれば良かったんです!あなたの要らないものは、俺も要らないって!」
怒りに震える手で、ぎゅ、っと松山の手を握りしめた。
「もう、子供じゃないって!道具じゃないって!...柊司さんには私が居るって!ちゃんと言って!」
「柊司さんはっ、私の、私にはっ!」
は、と息を継いで。
叫びだしたい胸の内を吐き出した。
「私はっ、柊司さんだけが必要です!」
普段穏やかな淳の激昂を受け止めていた松山の、瞳が揺れた。
「……もう、貴方は要らないって。柊司さんには必要無いって言って。...私が居るから」
松山が、初めての強さで淳を引き寄せた。
少し痛いくらいの力で腕の中に閉じ込められた。
何も言わない松山の腕の中で、これまでの事が一つ一つ繋がっていった。
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