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「そう、なんですか?」 あの頃の松山はもちろん優しい人だったけれど、特別な気持ちを感じたりしなかった。 むしろ、片思いを覚悟していたくらいだ。 「あの子、淳さんが私のプレゼントを貰うように言ったでしょう?」 「はい……あ、その節はありがとうございました、とっても使い心地がよくて」 「ふふ、お店にも来てくれたのね?会いたかったのに。……でも、その話しを聞いた時に確信したのよ」 紗英子は茶目っ気を含んだ瞳を淳に向けた。 艶やかな唇が、ふんわりと弧を描く。 「今まで一度も、あの子が誰かを連れて歩く事なんて無かったもの。……一時期荒れて、とんでもなく奔放な時があったけど、デートなんてしなかったのよ?」 奔放、の意味する所は気になったけれど。 あれだけモテる松山の初デートが自分だなんて、嬉しいと顔が綻んでしまう。 「……仲良くしてあげてね?」 「はいっ、ありがとうございます」 淳の返事に嬉しそうに頷いた紗英子が、それで、と優しく微笑んで首を傾げた。 「……柊司の、父親の話しかしら?」 昨日、彼から連絡があったの。 紗英子はそう続けて、淳の返事を待っている。 昨日の今日だ。 松山の父親と、紗英子は密に連絡を取っているのだと思った。 「……はい」 なんて切り出せばいいのだろう。 ほぼ初対面の自分が、どんな風に聞いても不躾な事に変わりはないけれど。 「あの……」 紗英子は小さく微笑んだ。 「柊司の知るあの人と、私の知るあの人は違う...でも、それを私が柊司に話すのを、あの人は許さないの」 紗英子の知る父親、それはどんな人なのだろうか。 それを知れば、松山の心は...軽くなるのか。 そして松山の知らない父親を、自分が訊ねることは出来ない気がした。 「……」 何も、言え無くなってしまった。 「……柊司は、あの人を恨んでるでしょう」 「いいえ...」 松山から感じたのは、必要とされなかった悲しみだけだ。 焦がれて、掴めなかった悲しみだけ。 「柊司さんは、悲しいんです」 紗英子の目が、痛そうに揺れた。 黙って紗英子に会ったことを知れば、松山は怒るだろう。 でも、伝えたかった。 「お父さまが、お店を継がないかとおっしゃったのは...継ぎ手が居ないからだと、それが凄く辛かったんだと思います」 紗英子は考えて、迷っている様だった。 この先、本当に松山と一緒にいるのかも分からない淳は完璧な部外者だから。 長い沈黙の後、紗英子は淳と真っ直ぐ目を合わせた。 「とても長い話になるの、いいかしら?」 紗英子が松山の心を護りたいのか。 それとも父親を護りたいのか。 淳は分からずに頷いた。 紗英子の言葉を何一つ、聞き逃さないように。 ただその気持ちだけで、背筋を伸ばした。
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