unnecessary

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紗英子は最後まで、優しい目をしていた。 淳は紗英子の話が進めば進むほど、何も言えなくなった。 最後は相槌すらはばかられて、ただ紗英子から目を逸らさない事だけに必死だった。 「……淳さん、何をどう説明しても柊司を苦しめた事の理由にはならないの。……だからあの人は柊司に憎まれたいと思ってる」 紗英子は自分の言葉の様に話しを締めくくった。 でも、淳はその言葉が松山の父親…和史の言葉のように思えた。 和史さん、と紗英子はとても優しい響きで彼の名前を呼んだ。 とても淡々とこれまでを説明してくれた言葉の中に、少しもそれを選んできた事への後悔や揺らぎはなく。 あったのは彼への愛おしさと、松山への懺悔だけだった。 運ばれてきた料理に手をつけたのは冷めきった後で、正直味は分からなかった。 紗英子と別れた後は、酷く疲れてしまって淳は紗英子の背中を見送った後動けなくなって。 駅前のロータリーのベンチに座り込んだ。 結局、頭はこんがらがってしまった。 あの話しを松山が知らないのであれば、やはりどうして彼は父親を憎まないのか。 ……知らないのだろうか、本当に。 浮かんだのは、それだった。 知る術は無いかもしれない。 でも、その片鱗を感じていたなら。 松山は優しい人だ。 あの悲しみは、淳が受け取った意味合いと違って居たのではないのか。 寒いのか暑いのか、わからない肌のざわつきに唇を噛み締めた。 手の中の携帯は、いつも通りの松山からのメッセージを受け取っていた。 『無事に買い物は済んだ?』 ちゃんと家に帰れたのか、仕事をしながらでも気にしてくれている。 受信は三十分ほど前だ。 嘘を重ねるには気が引けて、少し考えてからメッセージを返した。 『寄り道してます』 紗英子の話しは衝撃で、だからこそ簡単に松山に話せる気はしなかった。 松山の父親への感情は、紗英子の話しが進むに従って…昨日感じた怒りから、困惑に変わり、最後はやるせなさが残った。 誰も、心から幸せだと笑えない。 悲しい話しだった。
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