unnecessary

10/12
前へ
/113ページ
次へ
大好きな香りをボディーソープの香りに変えて、背後からベッドに入って来た松山が、そっと淳を胸に引き寄せた。 背中に松山の体温が伝わる。 あの話しを聞いてからもう一ヶ月以上、悶々と悩んだ。 その間も、松山の優しさに触れてもっと惹かれていく。 好きだと思えば思うほど、苦しくなった。 でも、何度も紗英子の話しを思い返して咀嚼すればするほど、紗英子の、和史の歴史を簡単に打ち明けることがはばかられた。 淳の息遣いから、まだ微睡んでいるのだろうと感じたのだろう。 松山が淳の首の下に差し込んだ腕枕の上で囁いた。 「淳……温かいねぇ」 その満ち足りた声が、悩んだ時間を飛び越えた。 耳から広がったその声が自分でも驚く程急激に、淳の心を揺さぶって血液に乗って身体を巡り…決壊した。 「ふ……っ、ぅ」 ボロボロと涙が溢れて零れて。 大きく震えた淳の身体。 びく、と松山の腕が震えた。 がばっと松山が身体を起こして、枕元のランプを灯す。 淳の前に片手をついて覆いかぶさった松山に覗き込まれた。 「淳、どうした?」 「ごめんなさいっ」 何に謝ったのか、それすら自分で混乱していた。 松山を癒せるかもしれないと、出しゃばった事か。 好きだと言う気持ちにまだ淡い愛を抱えただけで、到底太刀打ち出来ない両親の愛に向かい合おうとした事か。 結局何も出来ないくせに、それを隠すことすら出来ない自分にか。 ……松山を癒せない自分に失望して、苦しくて。 彼の傍に居られないと思った事か。 それとも、そう思いながらも…離れられないほど松山を好きな自分にか。 「ごめんなさい…」 「…………淳?」 松山の声が、瞳が揺れていた。 それを見るのが怖くて、顔を覆った手の隙間から涙が隠せずに落ちていく。 震える肩を、松山の手が何度もさする。 「何?なんで謝るの……どうしたの?」 囁くような松山の声が、優しく優しく落ちてくる。 泣きやみたいと、歯を食いしばった。 押し込んだ吐息が、呻きの様な音になって静かな寝室に響いて消えるのと、松山の視線が重なって数分続いた時。 悲しみを乗せた、それでも優しい声がふいに言った。 「……俺じゃない誰かを、好きになった?」 ごめんなさいの意味を、そう推測したのは当たり前かもしれない。 恋人が泣きながらごめんなさいと言ったなら、別れ話だと言う可能性を思い浮かべても、仕方がなかった。 でも、松山の声には他の可能性は乗っていなかった。 綺麗で、何でも出来て、優しさの塊みたいな松山が。 当たり前に淳が離れて行く事を、一番に想像してしまえる。 ……自分は彼に、ずっと愛し合えるという安心感すらまだ、あげられていない。 違うと伸ばした腕で松山にキツく抱きついた。 そうしながらまた、しゃくりあげて泣いた。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2653人が本棚に入れています
本棚に追加