2653人が本棚に入れています
本棚に追加
大好きな香りをボディーソープの香りに変えて、背後からベッドに入って来た松山が、そっと淳を胸に引き寄せた。
背中に松山の体温が伝わる。
あの話しを聞いてからもう一ヶ月以上、悶々と悩んだ。
その間も、松山の優しさに触れてもっと惹かれていく。
好きだと思えば思うほど、苦しくなった。
でも、何度も紗英子の話しを思い返して咀嚼すればするほど、紗英子の、和史の歴史を簡単に打ち明けることがはばかられた。
淳の息遣いから、まだ微睡んでいるのだろうと感じたのだろう。
松山が淳の首の下に差し込んだ腕枕の上で囁いた。
「淳……温かいねぇ」
その満ち足りた声が、悩んだ時間を飛び越えた。
耳から広がったその声が自分でも驚く程急激に、淳の心を揺さぶって血液に乗って身体を巡り…決壊した。
「ふ……っ、ぅ」
ボロボロと涙が溢れて零れて。
大きく震えた淳の身体。
びく、と松山の腕が震えた。
がばっと松山が身体を起こして、枕元のランプを灯す。
淳の前に片手をついて覆いかぶさった松山に覗き込まれた。
「淳、どうした?」
「ごめんなさいっ」
何に謝ったのか、それすら自分で混乱していた。
松山を癒せるかもしれないと、出しゃばった事か。
好きだと言う気持ちにまだ淡い愛を抱えただけで、到底太刀打ち出来ない両親の愛に向かい合おうとした事か。
結局何も出来ないくせに、それを隠すことすら出来ない自分にか。
……松山を癒せない自分に失望して、苦しくて。
彼の傍に居られないと思った事か。
それとも、そう思いながらも…離れられないほど松山を好きな自分にか。
「ごめんなさい…」
「…………淳?」
松山の声が、瞳が揺れていた。
それを見るのが怖くて、顔を覆った手の隙間から涙が隠せずに落ちていく。
震える肩を、松山の手が何度もさする。
「何?なんで謝るの……どうしたの?」
囁くような松山の声が、優しく優しく落ちてくる。
泣きやみたいと、歯を食いしばった。
押し込んだ吐息が、呻きの様な音になって静かな寝室に響いて消えるのと、松山の視線が重なって数分続いた時。
悲しみを乗せた、それでも優しい声がふいに言った。
「……俺じゃない誰かを、好きになった?」
ごめんなさいの意味を、そう推測したのは当たり前かもしれない。
恋人が泣きながらごめんなさいと言ったなら、別れ話だと言う可能性を思い浮かべても、仕方がなかった。
でも、松山の声には他の可能性は乗っていなかった。
綺麗で、何でも出来て、優しさの塊みたいな松山が。
当たり前に淳が離れて行く事を、一番に想像してしまえる。
……自分は彼に、ずっと愛し合えるという安心感すらまだ、あげられていない。
違うと伸ばした腕で松山にキツく抱きついた。
そうしながらまた、しゃくりあげて泣いた。
最初のコメントを投稿しよう!