unnecessary

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松山は淳を起こして抱き締めてくれた。 力強い腕が、きゅ、と力を込めて頭を抱いてくれた。 洗いたての柔軟剤の香りのするシャツが、淳の涙を吸い取っていく。 「……じゃあ、どうしたの。何があった?」 どくどくと松山の心臓が忙しなく動いている。 そこに耳をつけて、淳は深く引き攣った息を吐いた。 言えない。 言う勇気がない。 でも言うなら今しかない。 そんな思いが絡み合って、長い沈黙は淳の心臓も早くして、苦しい。 「……じゃあ、質問を変えよう。淳、俺に知られたくなくて泣いてる?」 そうだけど、そうじゃない。 質問にすら答えられず、淳は揺れる瞳を松山に向けた。 それを受け止めた松山が、初めて見る顔をした。 淳と同じ様に瞳を揺らして、数秒。 ぱちん、と瞬きをした松山が、凄く綺麗に…それでいて何かを諦めて微笑った。 「……同じ目をしてる」 ヒヤリとする声だった。 いつもと同じ、決して冷たくはない声なのに。 どうしてか、松山の心が閉じてしまった気がした。 「柊司、さん?」 松山が、諦めた様な曖昧な微笑を浮かべたままで、仕方ないと首を傾げたその仕草に、心臓が凍えた。 「お袋と、親父と…同じ顔を、するんだね」 大丈夫かと、何度も肩を撫ぜてくれていた手が離れた。 「ごめんね、淳」 何に対して謝ったのか、松山がするんとベッドをおりた。 「……ごめん、落ち着いたら、ちゃんと寝て」 自分を落ちつかせよう。 そうしている様に見えた。 薄ぼんやりとした照明の中で、松山が淳に背を向けてゆっくり、奥の部屋へ歩いていく。 ……パタン、開いたドアが閉まった音と一緒に松山が見えなくなった。 取り残されたベッドの上で、かち、と鍵の閉まった音を聞いた。 松山の、淳への何かが閉じられた音。 息をするのも忘れて、そのドアを見ていた。 ……微かに、微かに音がする。 ピアノの音だ。 完璧とまではいかない防音の部屋から、松山のピアノの音がした。
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