unnecessary

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取り返しのつかない事をしたのだと、数分そこに座った後で気が付いた。 松山の心が遠くに行ってしまったのだ。 泣いて重たいはずの頭が、それに気付いたら妙にクリアになった。 言いたいのに言えない。 確かに、同じ目をしていたのかもしれないと思った。 松山が、その目に希望を見つけ出そうとして。 紗英子の隠した何かに希望を持って。 和史に愛して貰える事に僅かな希望を持った。 曖昧な愛を、感じ取って。 松山は出来る限りの努力をして。 ……でも、結果は彼を独りにしたのに。 自分は同じ顔で、松山を拒絶したように見えただろう。 一番、してはいけない事だったのだ。 きゅう、と胃のあたりが締め付けられて淳は身体を丸めた。 背中がぞくぞくして、心臓は急き立てるように鳴るのに。 一ミリもそこから動けない。 怖かった。 そこからおりて、微かな音を漏らすドアを叩くのが。 開けてくれるだろうか。 いや、それよりも…ドアを開けてくれたとしても、松山の目はいつもと同じだろうか。 顔を、見るのが怖かった。 動けずにどれくらいその微かな音を聞いていただろう。 空が白んでも、音は止まなかった。 激しい音ではない。 だたゆっくりとした悲しい音が鳴り止まない。 淳はゆっくり立ち上がってベッドをおりた。 座り続けた膝が、鈍く痺れていた。 重たい足で松山とは反対に歩き出す。 ダメだ、待ってなきゃ、 出てきた松山を、縋りついてでも引き止めて。 ちゃんと話さなきゃ駄目になってしまう。 そう理解しているのに足は逃げ出した。 考え続けて疲れた頭が、限界だと言っていた。 間違いだとわかりながらフラフラと階段をおりて、バッグを拾いあげる。 松山が綺麗に片付けたリビングを抜けた。 玄関で、冷たく感じる靴を履いて、ドアノブに手をかけた。 その自分の手が、細かく震えているのを見て。 座り込んだ。 冷たいタイルに座り込んで。 そこに両手をついた。 もうピアノの音は聞こえない。 でも松山はまだ、そこで闘っているだろう。 まだ、泣けずに多分、あの椅子に座り続けている。 ……帰れない。 帰ったら全て、終わってしまう。 淳はそこで泣いた。 顔を覆って、声を押し殺して。 首を突っ込んだ自分を、松山が嫌になるんじゃないかと怖かった。 両親が隠した愛を、勝手に見せる罪悪感に悩んだ。 でも、それよりもっと重い罪を犯した。 松山を、傷つけた。 ……話そう。 もう松山が淳を要らないと言っても。 過去は少し、形を変えて松山を包むかもしれない。 後戻り出来ない所まで来て、やっと淳の心は決まったのだった。
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