祭りの夜

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祭りの夜

「淳これは?」 「ん?」 昂大が指さしたのは、レッドアイ。 ビールベースだ。 「飲んだことない」 「どれもねぇだろ、アルコール度数そんなないから」 「ん、それにする」 昂大はそれと、ギムレットハイボールを頼んだ。 かしこまりましたと、松山の手が動き出す。 「正月、誠帰れるか分からないらしいぞ」 「そうなの?」 「んー、牛って休まないからなーってボヤいてた」 確かに、酪農に休みは無いだろうと思って。 「そっかー、紗奈も彼と旅行とか言ってたね」 「別れなければな」 確かに、恋多き紗奈の恋人は速いサイクルで変わる。 「昂大の所、年末は?」 「あー、三十日まで開ける予定だけど、お前の所は?」 「ウチは大晦日までだよ、稼ぎ時だから」 いつもの様に、仲間内の話しをしながら松山の動きを何となく見ていた。 流れる様にお酒を作る動作は、その風貌と相まってとても洗練されていた。 落とした照明の下で、とんでもなくイケメンに見える。 「どうする、年越し」 昂大がナッツを口に入れて咀嚼しながら聞いた。 「そうだねー、去年は…」 「うちに来たろ」 「じゃあ、今年はウチにおいでよ。年越しそば用意しとく」 「うん」 松山が先に淳のレッドアイを出してくれた。 「ありがとうごいます」 口元に笑みを浮かべて会釈を返してくれた松山は、キッチリ営業仕様の立ち振る舞いで。 淳と昂大の会話に言葉を挟むことはしなかった。 時々、紗奈や昂大と連れ立って行くスナックのママさんみたいに、ワイワイ騒ぐなんて出来ない店の雰囲気だ。 確かに、夏祭りではしゃげるような若者が気軽に飲みに来る雰囲気では無いなと思った。 もっとこう、しっとりした大人の男女がその後の時間の前菜に訪れる感じの。 BARの中でも少しジャンルの違う店。 何にせよ、照明の落とし方が絶妙で。 ここなら、少し秘密の恋のカップルに似合いそうだなと思った。 果たして、昂大と自分は溶け込めているのだろうか。 腐れ縁の幼馴染みには、不釣り合いの様に思えた。 「ねぇ昂大」 「ん」 「何で別れたの、彼女と」 実は気になっていたのだ。 幼馴染みだからわかる。 昂大はいいやつだ。 少しぶっきらぼうな所はあるけれど、ちゃんと相手に気を使って思いやりを持って過ごす男だ。 「何で?」 「だって、昂大って振られる様なタイプじゃないなって」 グラスに口をつけて、一口飲み込んだ昂大がふ、と笑った。 「振られたんだよ、今回(・・)も」 昂大は苦笑いを浮かべて、そう答えた。
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