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 小さいころから、テストの点数は上回れなかった。兄が走り幅跳びで跳べた高さを跳ぶことができなかった。悔しくて泣いているところを慰めるのは兄だった。兄が嫌いだった。 「それはさ、お前、自分のことがよく分かってないんだ」  親友は何もかも知ったような顔で言って、酒をあおる。箸で僕を指して「馬鹿だなあ」と穏やかに笑う。その口調が兄にそっくりで、少しだけ泣きそうになる。 「お兄さんのこと、なんで嫌いなの」 「兄さんは、完璧だったから」  超えられないことも、超えようとして色々なことに挑戦する僕を励ますことも、嫌だった。うつくしい兄を超えることはできない。それだけは、よく分かっていた。双子なのに同じじゃない。同じになれない。いつだって僕は兄より下。 「お兄さんを超えたかった?」 「え?」  おしぼりを弄んでいたのに、まともに顔を見てしまった。超えたかった? 疑問に思う。僕は兄を超えたかった?  そうだとしても、もう叶わないことだ。  親友は目を細めた。彼の目は友達を見る目というより、息子を見る慈愛に満ちた母の目だ。 「お前、お兄さんのこと思い出したくないんだろ」 「そりゃ、嫌いだし」 「そうじゃなくてさ。お兄さんが亡くなったあと、お前から一度もお兄さんの話聞いてない」 「話してるよ、今まさに」 「……お前の話には思い出がないんだよ。お兄さんがどんな人だったかばっかりで、お兄さんの目にお前が映ったことがない。それって思い出じゃないだろ。たとえばほら、昔言ってただろ、中学のころお兄さんと水族館に行ったとか、公園で一日かけて砂の城を作ったとか」  そんなことを彼に言った憶えがなかった。いや、兄とそんなことをした憶えさえない。目の前の男を見つめるが、冗談や嘘を言っているようには見えなかった。僕が忘れているらしい。 不思議に思っている僕にひとしきり呆れてから、ビールを片手に親友はなんでもないことのように提案してきた。 「実家に、帰ってみたら?」 「実家に?」 「お兄さんの部屋、残ってるんだろ」  会話が噛みあっている気がしない。ああ、ともうん、ともつかないうめき声で返事をする。確かに、実家の兄さんの部屋は九年前から手つかずのままだ。兄が生きていたころ何度も入った部屋は、兄が死んでから誰も入らなくなった。 「あるのは机とベッドだけだけど」  何だか居心地が悪く感じられ、ビールを口に流し込む。僕には少しほろ苦い。アルコールと苦さで喉が焼けそうだと思う。 「いいんだよ。お兄さんの思い出の封印を解くんだよ。きっかけなんだよ、そういうのは」  封印って、何だよ。悪態をついたつもりだったのに、僕は泣きそうになっている。親友が僕の髪をくしゃくしゃにしながら頭を撫で、それがやっぱり兄に似ていた。
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