救いの手

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「最後にやり残したことはないのか」  男は少女に話しかけた。寒くもないのに真っ黒なロングコートを着た妙な男である。反対に少女は暑くもないのに真っ白なノースリーブのワンピースを着ていた。  男の言葉を聞いた少女はこう答える。 「ううん、もうないよ」 「そうか」  男はそれだけ答えて少女に手を伸ばした。  一瞬動きを止めた少女だったが、そのまま男の手を取る。  少女は男の顔を見上げながら問いかけた。 「どこへ行くの」 「ここではないところさ」 「痛いところ?」 「そうかもしれないね」 「怖いところ」 「ああ、そうかもしれない」  疑問を吐き出す少女に男は淡々と答える。  男の言葉を聞いた少女は不安そうに俯いた。そんな少女を不憫に思ったのか男は言葉を付け足す。 「だけどお腹がすくことはないよ」 「だったらそこは天国だね。もしかしてあなたは天使?」  少女に問いかけられた死神は思わず笑った。二度と振り返ることのできない道を進みながら。  ニュース番組の中でアナウンサーが事件の内容を読み上げる。 「今日午後六時頃、児童虐待の容疑で少女の母親が逮捕されました。少女は栄養失調の状態で暴行を受けており、発見された時には意識不明の重体。その後病院へ搬送されましたが死亡が確認されました。少女の最後の悲鳴を聞いた近隣住民が通報し・・・・・・」  数分間のニュースに少女の人生が全て詰め込まれていた。
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