第一章・次代の王

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「……あの、ハウスト?」  腕の中から見上げると、どうした? とハウストは優しい面差しで私を見下ろす。  前髪に口付けて言葉を待ってくれる彼は普段と変わりありません。 「…………いえ、なんでもないです。おやすみなさい」 「ああ、おやすみ。ブレイラ」  愛おしげに名前を呼んでくれて、また前髪に口付けられる。  しばらくして寝息が聞こえてきました。ハウストはいつものように私を抱き締めて眠っていったのです。  ………………。  ハウストの腕の中から彼の寝顔を見上げました。  ハウストは一人で湯を浴びたのでしょうか。所用は政務ではなかったのでしょうか。  湯浴みをしたとしたら、どうして一人で行ってしまったのでしょうか。いつもなら私も一緒です。それなのに……。  複雑な胸騒ぎがして、なんだか上手く寝付けません。  でも少ししてはっとしました。一つだけ思い当たることがあります。  私はハウストの背中に回していた手をそっと下ろし、彼の腰の前へとそろそろと持っていく。 「…………かたい」  こっそり触れたハウストのものは、最中の昂ぶりこそないものの硬さのあるものでした。  存在を主張する彼のものに、まさかという思いが過ぎる。  ハウストは……私に満足していないんじゃないかと……。  そう思った瞬間、今までの安らいだ気持ちがサァッと引いていく。  今夜もいつもと同じ夜でした。  ハウストに愛していると囁かれて、優しく抱かれて、行為の最中は激しくもありますが基本的に穏やかな夜の時間です。  このいつもの夜に彼が満足していないなら、もしかしたら今までも満足していなかったのかもしれません。  ハウストがさっき寝所を離れたのも一人で処理する為だったとしたら……。 「そ、そんな……」  私の中で焦りが生まれました。  とても優しいハウストとの行為に私は満足しています。愛されていると実感できて、とても幸せな気持ちになるのです。抱きしめられているだけで安心して、もっと好きになって、心が愛おしさで満たされるのです。  でも、それが私だけだとしたら?  それは充分考えられることでした。  私とハウストでは今までの経験も環境も何もかもが違うのです。  彼は私をとても愛してくれて、私に合わせて決して無理をさせようとしないけれど、それはハウストに我慢させているということ。  さっきの行為の前にハウストは言いました。 『潔癖なお前が抱かれることしか考えられなくなるくらい乱れる姿が見てみたい』と。それに興味があると。  その時は深く考えませんでしたが、その言葉が彼の本心だとしたら……。 「っ……」  どうして今まで気付かなかったんでしょうか。  こういったことでは私は自分のことだけで精一杯で、彼のことを慮る余裕がなかったのです。でもそれは良くないことではないでしょうか。  焦りが大きくなっていく。  なんとかしなければと思うのにどうしていいか分かりません。  私に抱かれることを教えたのはハウストです。私が持ち合わせる閨の技もすべてハウストが教えてくれたもの。といっても、ハウストは私に無理なことを強要することはないのでそれで彼が満足しているかは分かりませんが。 「ハウスト……」  眠る彼に呼びかけました。  彼は私を愛していて、私も彼を愛している。  これから先もずっと愛してくれると信じています。でも……。  …………焦りが不安になって私の心に広がりました。
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