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「ゼロス、ご挨拶してください。精霊王フェルベオ様と、精霊王直属護衛長官のジェノキスです。あなたが赤ちゃんの頃にたくさんお世話になっているんですよ?」
「うーん、おぼえてない……」
首を傾げたゼロスに苦笑してしまう。
そうでしょうね、あなた、アベルやエルマリスのことも覚えていませんでしたから。でも赤ちゃんの頃だったので仕方ありませんね。
「覚えていなくても、ご挨拶はできますね?」
「う、うん」
足に抱きついているゼロスを促すと、おどおどした様子で前に出てきます。
「……こ、こんにちは、ゼロスです。めいおう、です」
「上手にご挨拶できましたね。偉かったですよ?」
褒めるとゼロスがパッと嬉しそうな顔をします。
誇らしげにしつつも私に向かって両手を差しだしました。
「うん、ぼくじょうず! ブレイラ、だっこして!」
「はいはい」
上手にご挨拶はできましたが、やっぱり抱っこが必要なようです。
私がゼロスを抱っこするとフェルベオが覗き込んできました。
「これが冥王か、随分大きくなったな。以前は喋れなかったというのに」
「まだ赤ん坊でしたから」
「ああ、懐かしい。このまま冥王との語らいを楽しみたいところだが」
フェルベオはそこで言葉を切ると、ベッドにいるイスラを見ました。
今日はイスラの見舞いで魔界を訪れたのです。でもそれだけではありませんよね、きっと精霊界でも何かが起きているのでしょう。精霊王がみずから動くほどの何かが。
「勇者殿、腕を診させてもらうぞ」
フェルベオがイスラの枕元に立って切断された左腕を見ました。
しばらく確認していましたが、「なるほど……」と頷いて顔をあげます。
「魔王から聞いていたとおり古い禁術の力を感じる。切断されたのに、奪われた腕に神経も力も繋がっているようだ……。精霊界の研究者にも調査させよう。この禁術のことが分かれば腕以外にも薬のことが分かるかもしれないからな」
「薬?」
疑問に思って聞くとフェルベオだけでなくハウストも厳しい顔になりました。
ハウストは深刻な様子で頷くと、今回の一件を話してくれます。
「ブレイラ、以前から魔界の市中に薬が出回っていることは話していただろう」
「……えっと、あの、合法とは聞いてますが、あの、……び、媚薬のことですよね」
媚薬。口にするのも躊躇われてしまいます。
しかし躊躇いと羞恥を感じたのは私だけで、ハウストもフェルベオもジェノキスも、イスラさえもまったく気にする様子はありません。深刻な様子のままです。
……コホンッ、と誤魔化しの咳払いを一つ。…………私だけ意識して、なんだか恥ずかしい。
「そうだ、だが調査を進めるとそれだけじゃなかった。この前、酒場で男が持っていた薬の出所も同じだったんだ。出所はナフカドレ教団。教団の信仰者が魔界や精霊界にも流出させていた」
「精霊界にまで……。エルマリスから教団に魔族や精霊族も増えていると聞きました。ピエトリノ遺跡にある神殿に行ったまま帰ってこなくなってしまう方もいるとか。もしかして、それで精霊王様やジェノキスもここに?」
ジェノキスを見ると、彼は重く頷いて説明してくれます。
ナフカドレ教団の問題はもはや人間界の問題だけではなくなっていたのです。
「ああ。精霊界でも薬が出回りだしたのと同時期に、精霊族が人間界で行方不明になる者が増えだした。そして今回、モルダニア大国に出現した怪物の中に行方不明になっていた精霊族が確認されたんだ」
「そうですか、教団の信仰がそこまで……。教団の目的はいったいなんなんでしょうか」
「調査によるとナフカドレ教団の目的は一つ、――――人間界の統一だ。教団は大司教の元で人間界の意志を一つにし、統一しようとしている」
人間界の統一。
息を飲みました。その絶望的な目的に唇を噛み締めます。
なんの目的で、どんな思いがあって統一を望むのかは知りません。でも人間界にはたくさんの国があって、そこには数えきれないほどの人々が生きているのです。
それなのに人間界の意志を一つにし、統一しようとする恐ろしさ。
「……おい、人間界は今どうなっている」
ふとイスラが口を開きました。
見ると、まるでここにはいない敵を睨むように目を据わらせています。
威迫を纏うイスラに、「落ち着けよ」とジェノキスが前置きして現在の状況を話しだします。
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